責任
連れて行かれた先は亀山城という場所らしい。
(うわっ、広い)
私の時代ではすでに跡形もなく消えていたような…。
「こんなに広かったんだ…」
「ほぅ、亀山城を知っていたのか?」
「ええ、地歴は『日本古代史』選考ですから。他はメカニックと簡易医療です」
この時代では考えられないだろう。銃弾が貫通した程度の怪我なら小学生でも治せる。私みたいなのもいるせいで、より殺人が難しくなり、戦争に使うための兵器の開発に学生までが強制参加させられている。
「めかにっく? よくわからんが興味深い」
中に通され歩きながら話している。こんなに歩いたのは初めてかもしれない。
「床が動かないなんて…」
普通は廊下なんかは歩く必要ないはずなんだけどなぁ…。
「夜恵の国では床が動くのか?」
「ええ、まぁ…」
国って言うか全世界で…。
「ああ、ここだ。この部屋を好きに使ってかまわない。荷物を置いて…とは言っても荷物を持っていないようだな」
そう言って光秀公が笑う。
「全部この中にありますから」
ウエストポーチを指して言う。
「そのような小さな袋に? 先程の車も豆粒から出てきたな…」
本当に興味深そうに言う。
「豆じゃないですよ。これは『カプセル』って言うんです。これ自体は大きなものを閉じ込めて持ち運ぶためだけにあるのでたいしたものじゃないのですが、中に家でも食べ物でも水でも何でも入るんです。あ、生き物はやめたほうがいいかな? 可哀想だし…」
一回原子レベルにまで分解されちゃうなんて考えたら嫌だ。
「家まで運べる。それは興味深いな。夜恵は家を持ち運んでいないのか?」
「あることはあるけど…ここだと目立つから…」
農民や兵士に壊されたら困る…。
「どのような建物なのだ?」
「機会があればお見せします」
流石に屋内で出すわけにはいかないだろう。亀山城が一瞬で崩壊するだろうし。
「庭で見ることは出来ないか?」
なるほど。結構広い庭だったし…。
「はい。では、お庭へ向っても宜しいでしょうか?」
「是非」
本当にこの人物が謀反を起こしたのだろうか? まるで子供のようだ。
過去人というものはこれほどまでに他人の持ち物を気にするものなのだろうか?
光秀公に連れられ庭へ向う。もはや絶滅種とされてきた木々までを見ることが出来軽く感動した。
(この種持って帰りたい)
サクラという種だっただろうか? 環境汚染により、完全に消滅してしまったと聞く。
研究室で栽培すれば何とか育つかもしれない。
「夜恵? どうしたのだ?」
「いえ、この樹が…」
光秀公が私の視線の先を見る。
「可笑しなものだ。不思議なものを沢山持っているのに桜が珍しいのか?」
ああ、そうか。過去人と私は逆なのだ。私にとっては過去に失われたものの方が価値があり、過去人には未来からの未知の物質に価値があるのだ。
「私の居た世界では絶滅種なんです」
こんなにも綺麗なものが消えてしまうなんて悲しいと思う。何とか復元できるといいんだけど…。
「桜が無いのか…信じられんな」
「私だってカプセルを豆粒扱いする人が居るなんて信じられませんでしたよ」
でも、これが私と過去人の違いだ。
「お互い様だな」
「そうですね」
目標の時代と別の時代に来てしまった事は不運だと思ったが、そうでもないかもしれない。過去人と話すうちに新たな発見があるかもしれない。
「ひょっとして…新発明のチャンス?」
まぁ、稀代のの天才少女夜恵様の手に掛かれば不可能は無いと思うけど?
「夜恵は発明家なのか?」
「そんなものかしら? 父が発明家だから、私も色々実験台になったこともあるし…」
それで現在に至るとも言いがたい。父を目標にした事なんてない。発明はただの趣味。
「メカニックを専攻したのもとにかく機会をいじりたかっただけなんですけどね」
「そうなのか。だが、娘まで実験台にするとは…発明家とはそういうものなのか?」
発明家とは…といわれても他の人のことなんてわからない。ただ、私の父はそういう人物だった。
「全てがそうとは限りませんが、父は私の代わりなんていくらでもいるって言うのが口癖でしたから」
特に気にした事なんてない。いつ死んでもいいと思う。ただ、それまでに沢山発明品をのこして父を見返すんだ。『私の代えは本当にいる?』死ぬ間際にそうやって聞いてみたい。
「捨て駒というわけか…」
一応武人の考え方ね。確かに全ての兵は駒と同じように扱われる。私たち研究者も同じ。必要なくなったら殺されるのだろうか?
「はぁ、武人って嫌いよ。すぐに人を駒としてみるんだから…」
「そうかもしれんな。だが、戦場では仕方あるまい」
そうかもしれない。でも。
「だったら最初から戦なんてしなければいいのに…」
きっとだれもがそれを望んでいるはずだ。だけど、戦争はなくならない。
「そうだな。だが、きっと、信長公が平和な国を作り上げてくださる」
信長公が、か。実現は不可能だろう。だって、その信長公は貴方の起こす謀反で亡くなる。その十一日後に秀吉に負けて土民の槍で死ぬ。私が手を貸せば運命は変わるかもしれないけれど、過去を変えることは絶対に許されない。私がここにいることによって大分変わるかもしれない。そうしたらきっと私は消える。だっ て、私がいた時間はなかったことになるから。
「信長公にもお会いできますか?」
「そのうちな。夜恵の不思議な持ち物は公も喜ぶだろう。私もお前の話をもっと聞きたい」
そう言って彼は笑う。
「さて、ここらでよいか?」
ある程度の広い場所に出た。まぁ小型住宅くらいなら建てられるだろう。
「では、少し離れてください」
カプセルを置く。軽くボタンを押してから置く事で三十秒ほどで出来上がる。
「こ、これは…」
出現した建物を見て驚いているようだ。
「なんと…球形をしているのか? どうやって浮いているのだ?」
興味津々と言う表情で見る。
「どこから入るのだ?」
「下に立ってください」
丁度球体の下には三メートルほどの高さの空間かある。下には円形の床が。
「それに乗ってください。センサーで感知して勝手に上がっていきますから」
簡易住宅なので残念ながらセキュリティが万全とはいえないが、私の家と知って乗りこむ馬鹿は、少なくても私の時代にはいなかった。
「不思議だ…敵襲にはどの位耐えられるのだ?」
「潜入さえされなければ、う~ん、光秀公の部下の方が使っていた銃弾程度なら完全に防げます」
ダイナマイトはちょっと怪しいかも。
「それは凄いな。あの弾丸は鎧をも貫くというのに…」
この時代の鎧はそんなに脆いのか。
「それでは鎧の意味がないような…あの程度の弾丸なら私でも跳ね返せますよ」
流石に原爆が直撃したら即死だろうけどダイナマイトくらいじゃ死なない。むしろ無傷だ。
「夜恵は一体どうなっているのだ? 銃を受けても無傷だという」
「さっきも言いましたが、私は改造されてるんです。だからあの程度の弾丸じゃ死にませんよ」
勿論刀なんかじゃ切れない。鉈でも死なないと思う。
「本田忠勝のようだな」
ああ、あの伝説の武人。戦場でかすり傷一つ追わなかったという……。
「彼も未来人だったのかもしれませんね。私とは別の時代の。サイボーグだったらあの伝説にも説明が付く」
「まさか」
そう何度も未来人が来てはたまらないという顔をする。勿論それには同感だ。過去に来る人が増えるだけ未来が変わる可能性が増えるのだ。
「まぁ、あくまで仮説ですよ。忠勝殿が未来人だとして、ここで亡くなったのであれば私が帰れないい可能性が増えますがね…」
まぁトップクラスの成績と技術力と才能を持ち合わせた私にそんなことは無い、と思いたい。
「忠勝殿は現在も伝説を上塗りしている最中だが?」
「そうですね」
ここは曖昧に微笑んでおく事にしよう。
「あ、そうだ、面白いものをお見せしましょうか?」
そう言って窓に見せかけたスクリーンの背景を変えてみせる。
「これが私の居た世界です」
建物は天空、大地、地下に所狭しとある。そして、着々と戦の準備も進められている。それは他国との戦ではなく、宇宙との戦だ。
「こ、これは、どうなっているのだ?」
本当に驚いた顔をする。
「見せ掛けのものですよ。本物じゃない。ただ、映像を見せているだけです。面白いでしょう? 二千年経ってもちっとも戦なんてなくならない。しかも相手はさらに上の科学力をもったエイリアンですよ」
可笑しいとしか言いようがない。何でここまで争いが好きなんだろうか?
「二千年後も戦が?」
「ええ、私のいた時代にはまだ侵略者は来ていませんでしたが、少し前に未来人が現れて地球外からの侵略者への対策を採るように指示したんです。それで私たちは毎日、兵器を作らされる」
もっとも、兵器を作ること自体は嫌いじゃない。それを活用されるのが嫌いなのだ。
「夜恵はどこから来たのだ?」
「三五三二年から。海の果てまでが一つの国になりました。尤も、人口はこの島国の半分程度まで減りましたが…」
第二次戦国時代に大量殺人兵器により、多くの人が命を落とした。その後世界は一つの国家に統一された。まるでこの小さな島国がそうであったように。
「そんなにも少ないのに国として成り立つのか?」
「え え。それしかいないから成り立たせるしかないんです。尤も、私のようなサイボーグは戸籍から外され人口として加算されないので正確な数はわかりませんが。でも、始めは普通の人間だったんですよ。私だって。私は父のせいで戸籍もありますが、あんな所に招集されるくらいなら戸籍なんてなかったほうが良かっ た!」
心からそう思う。毎日人を殺すための道具を作らなきゃいけない。命をなくすための道具を作らなきゃいけない。もうそんな生活に飽きていた。だから、平和だった時代に行きたかったのだ。
「夜恵は優しいのだな」
不意に抱きしめられる。
「夜恵は、本当は人殺しの道具なんて作りたくないのだろう?」
勿論、作りたいはずがない。殺したくない。死にたくない。
「死は…死は恐怖でしかない……」
光秀公に言っても仕方のないことだ。でも、仕方ない。だって、目の前にいるんですもの。目の前にいる貴方は武人で…武人が戦う事をやめなければ戦いはなくならない。民が戦いを放棄したら残るのは虐殺だけだ。
気がつくとぼろぼろと大粒の涙を流していた。
「本当に怖いのは…責任を取れないことをしてしまうこと…」
自分で使わなくても、大量の人を殺してしまう兵器を作った発明家の罪は重い。決して後戻りは出来ない。
私はその責任を負いきれない自分が怖かった。