初夜
天下統一を成し得た者は願いが1つだけ必ず叶うと言う。
そして、異界から現れし天使がそれを導く。
そんな伝説を聞いた康一達は驚いたが、現状ではどうすることもできないのだった。
「……では、着替えは後で女中たちに持ってこさせるとしよう。しばし、待っておられよ」
「ありがとうございます。こんなたいそうな部屋に泊まらせてもらえるなんて」
「構わんよ、康一殿。何せ、お主らはカナタの友達なのだからな」
「あはは! 今日会ったばかりですけど、アイツと俺とは切っても切れない関係なんですよね!」
「フフフ……そうか!」
益臣さんは小さく笑いながら、颯爽と部屋の障子の外へ一歩出た。
そして、そこで立ち止まり俺達の方を振りかえる。目はとても穏やかだった。
「この城には、あの子と年の近いものはおらぬでな。君たちのような元気な子が来てくれて嬉しいよ。どうか……これからも仲良くしてやってほしい」
の
その一言を言い終えると、他には何も言わずに、その姿は部屋の外の闇に消えていった。
部屋の中にいるのは、俺とロシだけになった。俺は、元々それほど緊張していたわけではないが、気が抜けて、途端に大きな欠伸が出た。
「ふわーっ。しっかし、とんでもない事になったよな。戦国時代に来たかと思ったら、いきなり俺達が救世主かもしれないって話だもんな。これから、一体どうなるんだろうな俺達?」
「緊張感ないわね~あんたみたいなアホを見てると私の方も何だか鈍感になりそうだわ」
「ちっ……お前って奴は、昔っから俺をバカにしやがるよな」
「バカにしてるんじゃなくて、実際バカだし」
「なにおー!? こう見えても俺は、あのお館様から天下統一の話を持ちかけられたんだぞ!?」
「はいはい、たまたまアンタが出しゃばったから目に入っただけでしょ? 私は後ろに隠れてたし」
2人きりの時は相変わらずのツンっぷりだ。こういうのを内弁慶って言うんだろうな。
俺はそんな可愛げのないロシに背を向けて、フンと鼻息を立てると上質そうないい匂いのする畳の上に腰を下ろした。
「しかしよお、ここって本当にあの<桃山リバイバル>の世界なのか?」
「おそらくはね。でも……」
「でも、何だよ?」
その時、急にロシが俺の真横に座り込んだので、不覚にもドキッとしてしまった。
こいつはデレのカケラも無いツンツン野郎なのに、急に人の心の中にグイッとめり込むように近づいて来る事がある。そんな時、俺とこいつが一緒に生きてきた時間をふと思い出すのだった。こいつとの10年以上になるギクシャクしつつも離れることのなかった不思議な関係を今もまた少しだけ思い出しそうだったが、話の最中なので無理やり脳の奥底に引っ込めて、腐れ縁の幼馴染みの方に顔をやった。
ロシは、そんな俺と目が合うと、再び口を開く。
「開発に携わった私でさえ知らない事がこの世界には沢山あるみたい。天下統一の事だって、確かに達成時のボーナスはプログラムしてあった。だけど、それは選択肢形式になってたし、バージョン0.8の時点ではまだ採用されてなくて、データとして存在してるだけだった……それが『応願太平』って聞いた事もないものに変わって存在している。『天使』だって、他のオンラインで言うアバター(ゲーム内で自分の分身となるキャラクター)と同じ程度の意味だったんだけど、明らかに脚色されているわ。とにかく、この世界は私が知っている<桃リバ>とは何かが違う……これは、進化しているって言ってもおかしくないかもしれないよ」
「だろうな。あきらかに、カナタや益臣さんもゲームのキャラっていうよりか、心ある人間って感じだしな!」
「とにかく、帰る方法も含めて暫くは情報収集に努めるしかないわね。この世界が一体何なのか、調べてみたいって気持ちもあるし」
「お前って、前向きだな。元の世界が恋しくないのかよ?」
「別に~」ロシはべーっと舌を出した。
「そう言うあんたこそ、お母さんの事思い出してるんじゃないの? 昔、お泊まり会で、夜寝れ無くて泣きじゃくって先生と一緒に寝させてもらった情けない子は誰だったかな~」
「てめぇ、今その話を持ち出すなよな!」
俺がそう言ってロシの方に乗り出した時に、女中さんが襖をシャッ開けて入って来た。
俺が驚いて即座に振り向くと、その女中さんは「仲がよろしい事で」といって微笑んだので俺の顔はカーッと熱くなった。
寝巻に着替えた後も、ロシとドーでもいい事を暫く話したが、流石にハードな一日で疲れが溜っていたので、俺達はフカフカの布団入り、今まで一度も使った事も無い行燈の柔らかい灯を消して、眠りにつく。
こんな豪華な城暮らしも悪くはないとは思うが、やっぱり自分の家の方が良いのは間違いない。カナタに会えたのは良かったけど、山賊に襲われるような物騒な所より元の世界のほうが良いに決まっている。ああ、今日一日がどうか夢でありますように。目が覚めたら自宅でありますように。
夜の闇の中でそう願ったのも束の間、俺はあっという間に夢の世界に誘われたのだった。