戦乱の地の伝説
食事も終わりに近づいたころ益臣は康一達に、ある伝説を語り始める。
「てんし? 俺達は、別に天国から来た神様の使いじゃないんだけどな。ガブリエルとかミカエルとかそんなけったいな名前でもないし」
俺がそう言って頭を掻かくと、ロシがにじり寄ってきて俺の腿のあたりをつねってきた。爪を立てていたのですごく痛い。
「イテテ! おい、何すんだよ!?」
「ちょっと、静かにしてて」
「お前……急にどうしたんだよ?」
「益臣様、こんな阿呆には構わずお話を続けてください!」
こちらの世界に迷い込んでから何時になくおとなしかったロシが、ここに来て息を吹き返したように目を大きくして積極的に益臣さんから話を聞き出そうとする。俺にはその理由が分からないが、そんなに重要な事なのだろうか?
「この『桃山』の地は、歴史上一度として統一された事はない。お前は知っておろう?」
「はい、父上」カナタはこくりと頷いた。
「この地に人が集を成してから2000年以上経ちますが、1人の者によって全土が統一された事は一度として無かったと聞いております。幾度となくに戦乱が起こり、群雄割拠の時代が今に至るまで続いている……もっとも、この付近では、最近は大きな戦もなく小康状態を保ってはおりますが」
「左様。戦乱の世は終わらない。終わった事が無い。果たしてそれは、どうしてだと思う?」
「むむ、残念ながら存じませぬな……」
「そうだろうな。しかし、この桃山の地にはその謎を埋めるような昔話が語り継がれているのだ」
「何と! そんな話は初耳です!」
「カナタにもいずれはと思っていた事だが、遂に話す時が来たな。この世界が1つにならぬ理由……」
「それは一体?」
「それはな、恩羅求様が我々に課した試練だと言う」
「オラク様が!? 何故にそのような事を……」
「そこは、諸説ある。我々人間を成長させるためだとか、世界に蔓延る罪を償わせる為だとか、色々な言い伝えがあるが、本当のところは分からない。しかし、ただ2つだけどの説にも共通する事がある……それが、『応願太平』だ」
ここで俺が「おーがんたいへい? 何か、どっかのプロレスラーみたいだな」と、適当なツッコミを入れたら、ロシがさっきよりも強く脇腹をつねってきた。何かのツボなのかこれがめっちゃ痛い! 益臣さんはそんな俺達を見て、コホンと咳き込むと話を続けた。
「『応願太平』とはな、天下統一を成し遂げた者にオラク様から与えられるという褒美の事でな。話によると、どんな願いでも1つだけ必ず叶えてくれるそうだ」
「えっ!?」ロシが思わず声を上げた。
「何でも願いが叶うんですか! すごいですね、それ」
「ロシ殿が驚くのも無理はないな。この話をそのままとれば、死んだ人間も生き返るだろうし、不老不死にもなれるだろうし、億万長者にもなれることになる」
「でも、天下統一する頃にはもう既に億万長者になってるから最後の願いはいらないんじゃ……」
「ははは、確かに」的確なロシのツッコミに益臣さんは少し表情が緩んだ。
「とにかく、天下統一だけでも十分なのに、どんな願いも叶うと言うのだから、それに喰いつく君主たちも今まで多くいた。しかし、皆夢破れて散っていったのだ。これは、ただ単に彼らの器量が無かっただけではない。やはり、オラク様の入れ知恵があるように思える」
「そうですね……」ロシは、何か考えるような仕草をした。
「それで、その決して果たされなかった天下統一を成し遂げる鍵になるのが私達『天使』だと?」
「おそらくは。桃山ではない異国の地から舞降りた『天使』達こそが天下統一を成し遂げる力を持つ……それが、言い伝えに共通するもう一つの部分なのだから」
「だから、お館様は康一にあんな事を……あながち冗談でもなかったんだ……」
「まあ、2人とも、あまり重荷に感じなくて良いぞ。君達が何であろうとも、今はまだ客人。暫くは、ゆっくり寛ぐがよかろう」
「ありがとうございます、益臣様」
その話が終わってすぐに、食事の時間も終わった。
俺達は益臣さん達に案内されて、襖に豪華な虎の絵が描かれた寝室で異世界初めての夜を越す事になったのだった。