団欒
康一たちは、お館様に謁見した。
老人は、いきなり康一に天下統一の話を持ちかけたが……すぐに冗談だと笑ってその場を流した。
晩になり、俺はカナタ親子と食事をとる事になった。
あの時、昼休みに苦労して買った昼飯は結局食べずじまいだったから、腹ペコだった俺達は目の前の法事の後にしかお目にかかれないような豪華な和食に、思わず涎を垂らしてしまいそうだった。
「うわっ、うまそうだな!」
「これ、康一! すぐに箸を取るなんてお行儀が悪いぞ! ちゃんと、オラク様に感謝してから頂くのだ」
「え、オラク様?」
「そんな事も、知らんのか? 恩羅求様は我々を救い導く存在として、この桃山の地で知らぬ者はおらぬくらい有名な神様だぞ? 我々がこうして生きていけるのも、死後極楽に行けるのも、オラク様のおかげであるし、海の幸も山の幸も、皆恩羅求様からのご厚意の賜物なのだ。」
「はぁ……まあ、俺達のところで言う仏様とかお釈迦様みたいなものかな?」
「ま、そんなところね」隣に座るロシが、俺に近寄り、耳元で囁く。
「結構色々な宗教混ぜたけど、我ながら良く出来たと思うよ。ちゃーんと教義までキチンと作ったんだから」
「へえ……随分と凝った作りなんだな」
「……むむっ? 2人とも、何をこそこそと話しておるのだ?」
カナタが気にし出したので、ロシはササッと自分の席に戻った。
そして、四人共手を合わせて「いただきます」を言った。この食事前のあいさつは俺達の世界と変わらないらしい。しかしこうして「いただきます」を言ったのなんて久しぶりだ。最近は、母さんのご飯を食べる時でも誰ひとりとしてこの一言の感謝を言わなくなっていた、昔は俺に強要していた親父まで、気がつけば何も言わずに箸を取り、テレビを見ながら適当に食べるようになってしまったのだ。それを思うと、この親子は何て真面目なのだろう。思わず感心してしまった。
いよいよ、料理に手を付けると、見た目に違わない味だった。
何と言うか、保存料無添加と言った感じで口に優しく、自然なおいしさにあふれている。やはり、これがゲームの世界の物だとは、とてもじゃないが思えない。
「どうだ、美味いか?」
「ああ、学祭の焼きそばとかシロコロも悪くねぇけど、これにはかないそうもないな! カナタは、いつもこんなモン食ってるのかよ?」
「まあな。……ところで、今言ったガクサイノヤキソバとシロコロと言うのは何だ? 康一の知っているところにはそんな食べ物があるのか?」
「ああ、こんなものばっかり食べて生活してるお前が食べたら、さぞかしビックリするだろうよ」
「そうか!」カナタの目がキラキラ輝いた。
「それは、一度食べてみたいのぉ。ガクサイノヤキソバ……シロコロ……実に興味深い」
「ま、いつか食べさせてやるから期待して待ってろよ!」
「うん、楽しみにしてるぞ!」
その後も、カナタの機嫌はとても良く、色々な事を俺たちに話してくれた。
桃色の兎を見つけたとか、山菜の群生地を見つけたとかたわいもない内容だったが、あまりにも嬉しそうに話すので、俺は食べながらもちゃんと耳を傾け続けた。カナタの横にいる益臣さんは、俺達のそんなやりとり見て何だか嬉しそうな顔をして見守っている。
「なるほどな。それは良く考えたな」
「そういうわけじゃ! しかし、楽しいのぉ。こうして4人で食べると言うのは!」
「俺ん家はいつもの事だけどな。いつもは2人で食べてるのか?」
「そうじゃ。母様がいた頃は3人だったがな……」
「あ……」カナタの笑顔に陰りが見えたので、俺はしまったと思った。
「ごめん、聞かない方が良かったか?」
「いや、構わぬ! 昔の事じゃしな! ま、気にせず食事を楽しんでくれ」
「おうよ! ……って、もうほとんど食べちまったがな」
「はやいのぉ、お主は」
カナタはやれやれといった顔をすると、「ところで」と言って、急に益臣さんの方を向いた。
「父上、今日のお館様は冗談が過ぎるのではありませんか? はじめて会った康一に天下統一の話をするなんて普通じゃありませぬ! 一体、あの方は何を考えておられるのでしょうか? 」
「ああ、その事か……」
益臣さんは、あごの髭を触りながら天井に一度目をやったが、カナタの視線が離れないので、しょうがなさそうに、また愛娘の顔に視線を向けた。
「お前には、まだ話した事が無かったかな?」
「はい。 先程は『伝説』などと言っておりましたが……その事でございましょうか?」
「ああ……では、カナタ、それに康一殿とロシ殿も良く聞くが良い」
益臣さんは、あぐらをかいている足に、両手を押しつけると、今までの優しい父親の目から、鋭い男の目つきに変わった。俺はこの時、益臣さんを改めて武将であると認識したのだった。
「この、桃山の地にはある伝説があるのだ……」
「それは……」ロシが身を乗り出して言った。
「異界から『天使』現れし時、真の戦乱の世の幕が開け、その末には天下統一、『応願太平』が待つ……と」