「ピカピカ光るだけのつまらない女」だと言われ婚約破棄され、聖女である妹を虐めたとかで辺境へ異動命令が下されました。仕方ないので遍在で造っていた分身体引き上げたら、王城の職務が回らなくなったようです
「フォトン・ギャラクティス! お前との婚約を破棄する!」
王城の謁見の間に、アライス・デッチの声が高らかに響き渡った。
金色の髪を揺らし、騎士の正装に身を包んだ彼は、まっすぐ私を指差している。
「お前は聖女であるホーリーを日頃から虐げていたそうだな! そのような卑劣な女を妻に迎えることなど、私にはできん!」
隣には、妹のホーリーが立っていた。
純白のドレスに身を包み、悲しげに目を伏せている。
王国公認の聖女。民の信仰を集め、王家すら無視できない存在。
その証言は、ときに文官の報告書や貴族令嬢の弁明よりも重く扱われる。
少なくとも、この場にいる者たちはそう考えているようだった。
その肩書にふさわしく、彼女の周囲には淡い光が漂っていた。
対する私は、いつもどおり、身体がほんのわずかに光っている。
「……そうですか」
「なに?」
「婚約破棄、承知しました。ところで、辺境への異動命令の件はいつ発効するのでしょうか」
「話をそらすな!」
「そらしているつもりはありませんが。先ほど、北方辺境への異動命令が出たとうかがいましたので」
私が視線を向けると、王太子殿下の傍らに控えていた文官が、重々しくうなずいた。
「フォトン・ギャラクティス。聖女ホーリーへの虐待行為、ならびに王城内の風紀を乱した責任を問い、明日付で北方辺境への異動を命ずる」
私は軽く首をかしげる。
「虐待、ですか?」
「ホーリー嬢が、そのように証言している」
「なるほど」
ホーリーは小さく肩を震わせた。
「お姉様……わたし、もう耐えられないのです。お姉様はいつも優秀で、わたしが何かを成し遂げても、誰もわたしを見てくれなくて……」
その声は震えていた。
被害を訴える者の震えというより、長く抱え込んだ劣等感があふれたような響きだった。
「それは、私があなたを虐めた証明にはなりませんが」
「っ……!」
ホーリーが息を呑む。
直後、アライスが怒声を上げた。
「黙れ! お前はそうやって、いつも正論を振りかざしてホーリーを追い詰めてきたのだろう!」
「正論を述べることが虐待に当たるのでしたら、王城の会議はずいぶん過酷な場ということになりますね」
謁見の間が、しんと静まり返る。
私は別に、誰かを言い負かしたいわけではない。
ただ、事実関係を確認しただけだ。
けれど、この場に必要とされているのは事実の確認ではなく、聖女を害した悪女という分かりやすい図式なのだろう。
王家にとっても、貴族たちにとっても、民に説明しやすい形で決着をつけることのほうが重要らしい。
しかし、アライスは顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「お前のような女は辺境がお似合いだ! だいたい、お前の能力など大したものではない! 身体をピカピカ光らせるだけの、つまらない女ではないか!」
……ああ。
そこで私は、ようやく納得した。
この男は、私の能力を最後まで何ひとつ理解していなかったのだ。
あるいは、理解する必要すら感じていなかったのだろう。
その視線が私ではなく、聖女の肩書をまとったホーリーへ向いていることくらい、とっくに分かっていたけれど。
「承知しました。それでは、明日より辺境勤務ということで」
「ふん。最初からそう言えばいいのだ」
「ええ。では、失礼いたします」
私は一礼し、謁見の間を後にした。
廊下に出たところで、ふと足を止める。
王城での勤務も、これで終わりか。
思えば、ずいぶん長く働いた。
そして、ずいぶん稼がせてもらった。
王城は給料がいい。
福利厚生も悪くない。
仕事の裁量も大きい。
なにより、私の能力を使うには都合のいい職場だった。
だから私は、ここにいた。
忠誠心からではない。
条件が良く、働きに見合う対価が支払われていたからだ。
それだけのことだし、それで十分だった。
けれど、異動を命じられたのなら仕方がない。
雇用関係が終わる以上、これまでどおりの働きを無償で続ける義理もない。
「それじゃあ、みんな。お疲れさま」
心の中でそう告げる。
すると、王城のあちこちで働いていた分身体たちが、一斉に仕事の手を止めた。
財務局で帳簿をつけていた会計係。
書類を整理していた事務官。
騎士団の訓練日程を調整していた補佐官。
各部署をつなぐ連絡役。
王宮の備品管理を担当する職員。
国王、王妃、王太子、王女たちの従者。
医療院に予算書を届けていた書記官。
倉庫で在庫表を確認していた管理官。
国境警備隊への補給予定をまとめていた若い文官。
その全員が、私の能力《光子》による光遍在で生み出した分身体だ。
姿も顔も違う。
名前も違う。
別々の職員として採用され、別々に給金を受け取っている。
もちろん、その給金はすべて私のものだ。
本体である私が高速演算によって全員を制御し、記憶も経験も共有している。
つまり、百人が同時に働けば、百人分の仕事を一つの頭脳で処理できるということになる。
便利な能力である。
そして今日をもって、その便利さを王城へ提供する必要はなくなった。
「では、業務終了」
次の瞬間。
王城のあちこちで、椅子に向かっていた職員が、廊下を急いでいた連絡役が、倉庫で在庫表をめくっていた管理官が、書架の前で資料を抱えていた事務官が、ふっと淡い粒子へほどけた。
驚愕の声が上がる間もなく、その光は糸を引くように私のもとへ戻ってくる。
正確には、光となって私のもとへ還ってきたのだ。
その数、百八十七体。
最後の分身体を回収し終えた私は、少し肩の荷が下りたような気分で宿舎へ戻った。
/////
翌朝。
王城は、悲鳴に包まれていた。
「会計係のミリアがいない!」
「昨日までいた書記官も消えています!」
「備品管理の担当者はどうした!? 来月の補給計画は誰が作ったんだ!」
「わ、分かりません! 名簿には載っているのに、誰も顔を覚えていないんです!」
それも当然だった。
消えた者たちは、それぞれ別人の姿をしていたのだから。
声も、髪の色も、顔立ちも違う。
担当業務も、人間関係も、すべて別々。
だが、その正体はすべて同じだった。
――フォトン・ギャラクティス。
やがて混乱は財務局だけでは収まらなくなった。
騎士団では巡回予定と遠征準備が止まり、王立医療院では予算配分が決まらず薬品の購入が滞る。
国境警備隊では補給計画が届かず、出発予定の部隊まで足止めされた。
未処理の書類は積み上がり、連絡系統は麻痺し、王城全体が目に見えて機能不全に陥っていく。
あまりにも滞りなく回っていたせいで、誰も仕組みを確かめようとはしなかったのだ。
そこにいる者が仕事を終わらせる。
それで足りているあいだ、人はその裏側を見ようとしない。
フォトン本人は人事院所属の一令嬢にすぎず、各部署で働く無数の職員たちが同一人物であるなど、発想すらされていなかった。
あまりに便利な仕組みは、ときに仕組みとして認識すらされない。
王太子は何度も原因を調査させ、そして一週間後、ついに真実へたどり着いた。
「百八十七人……全員が、フォトンの分身体だったというのか?」
「はい。分身体はすべて別人の姿を取り、それぞれ別個の職員として雇用されていました」
王太子は深く椅子に沈み込んだ。
百八十七人分の人件費を払っていた。
だが実際には、その百八十七人分の仕事を、たった一人の人間が処理していたのだ。
しかも、その一人は人事院所属として、採用契約にひとつの条件を明記していた。
――フォトン侯爵令嬢が王城で勤務している限り、この雇用は有効とする。
つまり、契約どおりだった。
そして、その一人を自分たちの手で追い出した。
「……すぐに呼び戻せ」
王太子の声は低かった。
だがそこに、婚約破棄の場で見せたような威勢はなかった。
「ただちに使者を出せ。条件は……いや、まずは戻る意思があるかを確認しろ」
こうして王城から北方辺境へ、急ぎの使者が派遣された。
/////
一方そのころ。
北方辺境へ向かう馬車の中で、私は異動先の給与規定に目を通していた。
「……なるほど。辺境勤務手当は出るのですね」
危険地域手当あり。
宿舎の支給あり。
食事補助あり。
悪くない条件だ。
王城勤務に比べれば基本給はやや下がるものの、そのぶん生活費は安く済むらしい。
収支で見れば、そこまで悪化はしないだろう。
「まあ、なんとかなるでしょう」
そもそも、私には十分な貯蓄がある。
百八十七人分の給料を受け取っていたのだから当然だ。
もっとも、分身体ごとに生活費はかかっていた。
それでも、辺境で暮らすには十分すぎるほど残っている。
王城では、仕事が途切れることなどほとんどなかった。
一つの書類を処理している最中にも別部署から連絡が入り、会議に出ながら別件を並行処理する。
食事中ですら、報告書の確認くらいは普通にしていた。
今にして思えば、なかなか忙しい生活だった。
「これからは、少しのんびりできそうですね」
そう口にした直後、馬車の窓の向こうに辺境の町並みが見えてきた。
小さな町だった。
城壁はところどころ傷み、倉庫の屋根も古い。
行き交う人々の表情にも、王都のような余裕は見えない。
町門をくぐる荷車の流れも悪い。
倉庫前では人足が何度も足を止め、荷の積み下ろしに無駄な時間がかかっている。
帳簿だけではなく、導線そのものに問題がありそうだった。
なるほど。
たしかに、ここは王城とは勝手が違うらしい。
けれど私は、その光景を見て少しだけ興味をひかれた。
物資の配分は適切なのだろうか。
倉庫の在庫管理は機能しているのか。
税収と支出の帳尻は合っているのか。
人員配置を見直せば、もう少し効率化できる余地があるのではないか。
……いけない。
私は小さく首を振る。
せっかく王城を離れたのだ。
初日から仕事のことを考える必要はない。
「まずは、おいしいものでも食べましょう」
そうして私は、辺境での新しい生活を始めた。
////
三日後。
辺境伯から町の財務管理について相談を受けた私は、報酬額を確認したうえで快く引き受けることになる。
もちろん、追加手当の交渉も忘れなかった。
仕事をするなら、相応の対価をいただく。
それが、私の信条である。
そのころ、王城では完全な混乱が続いていた。
未処理の書類は積み上がり、会計処理は遅れ、各部署の連絡は滞り、騎士団の予定は狂い、王宮機能は目に見えて麻痺していく。
その原因が、すべてフォトン・ギャラクティスの喪失にあると判明したとき、使者はちょうど辺境へ到着したところだった。
そして私は、辺境伯の執務室で報酬交渉の真っ最中だった。
「フォトン殿。あなたのおかげで町の帳簿は整理され、税収の見通しも立ち、物資配分も大幅に改善されました。ぜひ今後も、我が領地を支えていただきたい」
「ありがとうございます。では、報酬についてですが」
「もちろん、上乗せいたしましょう!」
「それは素晴らしいですね」
話が早くて助かる。
ちょうどそのとき、王城からの使者が執務室へ飛び込んできた。
「フォトン・ギャラクティス様! 王城より、至急お戻りいただきたいとの命が!」
私は思わず目を瞬かせた。
「戻る?」
「はい! 王城の職務が滞り、国家運営にも深刻な支障が出ております! どうか、これまでどおりお力添えを――」
「お断りします」
即答だった。
使者が、その場でぴたりと固まる。
「なっ……なぜですか!?」
「私は辺境への異動を命じられ、現在はこちらで勤務しておりますので」
「ですが、王城にはあなたが必要なのです!」
「そうですか。それは大変ですね」
私はにこやかに微笑んだ。
「では、こちらの勤務を終えてから検討いたします」
「そ、それでは遅いのです!」
「でしたら、早急に代わりの方をお探しになってはいかがでしょうか」
使者の顔が青ざめていく。
「それと、念のため確認したいのですが。もし復帰を求めるのであれば、報酬条件は見直されるのでしょうか」
「は、はい! もちろん、以前と同額で――」
「それでは困りますね」
私は静かに首を横に振った。
「以前の給与は、私が王城で勤務することを前提としたものです。今回は辺境から王都まで移動する必要がありますし、そもそも私は一度、十分な説明もないまま職を失っています」
「そ、それは……」
「復帰を協議するのであれば、少なくとも以前の条件の継続では話になりません。人員百八十七名分の業務を単独で処理していた実績、辺境からの移動負担、不当な異動によって被った不利益、それらすべてを加算した新条件をご提示ください」
使者は絶句した。
「さらに申し上げますと、現在の私は辺境伯領と新たな契約交渉の最中です。王城がこちら以上の条件を提示できるのでなければ、比較検討の余地はありません」
「そ、そんな……」
どうやら王城は、ようやく計算というものを始めるらしい。
「王城に忠誠を誓っていたわけではありません。条件が良かったから働いていただけです」
私は書類の上に指先を置いたまま、淡々と言う。
「そして今、辺境伯は王城よりもよほど良い条件を提示してくださっています。わざわざ待遇の悪い職場へ戻る理由など、どこにもありません」
辺境伯が満足そうに何度もうなずいていた。
営業としては分かりやすくて助かる。
「お返事は以上です。どうぞ、お気をつけてお帰りください」
私はそのまま書類に視線を戻した。
使者は肩を落とし、力なく執務室を出ていく。
その背中を見送りながら、私はふと思った。
そういえば、王城では今日も書類が積み上がっているのだろうか。
……まあ、私には関係のない話だ。
私は新しい契約書に署名する。
報酬は王城時代より高い。
仕事内容も、こちらのほうがずっと面白そうだった。
「さて。次は何を処理しましょうか」
私の身体が、淡く光る。
その光は、もう誰かに侮辱されるためのものではない。
私が、私の望む場所で、私の望む仕事をするための光だ。
そして王城では、その日もまた、誰も処理できない書類の山が増え続けていた。
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*キャラクター*
〇フォトン・ギャラクティス
ギャラクティス侯爵家長女。王城人事院所属。
超能力は「光子」
光遍在による多重分身。光量子による高速マルチ演算。
戦闘能力は高くないものの、処理能力は超一級。
能力使用時には身体が僅かに光ってしまう。
婚約者で王国騎士であったアライスから、婚約破棄を言い渡され、聖女を虐めた罪で辺境送りにされてしまう。
その際、光遍在による多重分身を全て引き上げた。
人事院に所属していたことから、光遍在の分身体の採用の契約書には全てフォトン侯爵令嬢が王城で仕事をしている限りという条件が書かれていた。
〇アライス・デッチ
デッチ子爵家次男。
超能力は「180秒間能力100倍」
三分間。あらゆる能力が100倍となることから、騎士として重宝されている。
騎士団の治療にあたっていたホーリーと接する内に、恋仲になった。
フォトンと婚約があったため、それをフォトン側の有責でなくすため策を企てる。
〇ホーリー・ギャラクティス
ギャラクティス侯爵家次女。
超能力は「聖」
アンデット系特攻。または癒しの力を有する。
そのため王国公認の聖女。
優秀な姉であるフォトンにはコンプレックスがあり、ダメだと思いつつも、姉よりも自分を見て優先してくれるアライスと恋仲になる。




