再会は、静寂の中で
らっぶらぶであっまあまな感じを目指してみました。
悶えていただければ、これ幸い。
非情な音を立てて、重厚な扉が閉ざされる。 外界と遮断された、密閉空間。 逃げ道なしの、閉鎖空間。 いきはよいよい、かえりはこわい……。
聖人君子のごとき常識人な岡崎と、頭はいっちゃってるけど今のところ害はなさそうな猿人種のふたりを廊下に置き去りにして、出島さんは意気揚々と彼らに手を振った。
「じゃあ、うららさんと僕が出てくるまで、そこで大人しくしていてくださいね」
「あ、は、はあ……」
あたしの怯えた瞳を気にかけて、煮え切らない反応な岡崎と、
「ぶー!」
「ぶー!」
「ようかんのくせに!」
「生意気だぞー!」
全く、事の重大さを把握していない猿人種の脳天気な文句が、出島さんに抱きかかえられたあたしにの耳に届く。
「さて!」
それも束の間のこと。 出島さんは、颯爽と洋服だらけの部屋に足を踏み入れると、ずんずんと迷いのない歩みで部屋の中央に鎮座した豪奢なベッドに向かった。 ところ狭しと置かれたベッドの上のドレスを片手で左右にかき分けると、もう片方の腕で支えているあたしをそっと座らせる。
どんな変態行為が始まるのかと思って身構えていたら、出島さんは何故か言葉もなく、その場に膝をついた。
ふかふかの布団の上に、びしょびしょの服を着て座っているあたしの目の前に、出島さんの顔がある。 長身の出島さんとはいえ、元々高い位置にあるベッドに座っているあたしからは、出島さんの顔が少しだけ見下ろせる。 新鮮な位置だ。 いつもは、出島さんを見上げるばっかりだから、あたし。
ほんの少しだけ、眉根が寄っていたかもしれない。 でも、にこにこしたまま、それ以上近寄って来ようとしない出島さんを見て、徐々に安心してくる。
なんだろう。矛盾してるのかもしれないけど。
出島さんって、あんなに突飛でおかしげな言動をするのに、こうやってとても静かになるときがある。 初めは、出島さんって、無理してテンション上げてるのかな?なんて思ったんだけど、でも、もしそうだとしたら、ほぼいつもあのテンションなのはおかしいし。 だから最近は、出島さんって、振り幅の大きいひとなのかな、と思うことにしている。
す、ととても滑らかな動きで、出島さんの腕が動いた。 その先にある長い指が、新雪に触れる繊細さであたしの膝に置かれる。 電流が走ったような衝撃がして、あたしの心臓は、たちまち鼓動を早めてしまう。 必死でその場から動かないでいるのが、今のあたしの精一杯。
ああ、もう。 こんなに静かな空間で、こんなに近い距離なら、出島さんにこの鼓動が聞こえてしまってもおかしくないというのに。 恥ずかしい。
穏やかすぎるほどに穏やかなアーモンド形の瞳はあたしに向けたまま、出島さんが微かに首を傾げて目を細めた。
ああ、もう! それがどれだけ魅力的な仕草なのか、分かっていてやっているのか! 見慣れても良い筈のその整った顔立ちに、それでもあたしは翻弄されてしまう。 心臓の音は大きくなるばかり。 そればかりか、頬が火照ったように感じる。 最悪だ、あたし。 恥ずかしすぎる!
「うららさん?」
形の良い口唇であたしの名前を紡ぐと、出島さんが膝に置いた手に力を入れて、あたしに近付いてくる。 もう片方の手の平が、真っ赤になっているであろう頬に添えられる。 今度こそ、あたしはびくりと身体を震わせた。
「おひさしぶりです」
さっきよりも小さな声で、さっきよりも耳に近い距離で、出島さんが囁く。
そう。 ひさしぶりなんだ。
出島さんの存在感が半端なく濃いだけであって、あたしは久しく出島さんに会っていなかった。
そう思ったら、何だか泣けてくる。
なんでだろう?
出島さんに会ってから、あたしはあたしのことが理解出来ないことが増えた。
ひさしぶりですね。
そう言いたいのに、口を開いたら、涙がこぼれてしまいそう。 それが嫌で、あたしは耳元の出島さんの声に集中して、目を伏せた。
「ずーっと、会いたかったです」
優しい優しい声音で言ってから、ふっと息を吐く音がする。 それから、目を伏せたままのあたしの視界が、少しだけ暗くなる。 緩慢な動きで顔を上げれば、頬に添えられた指が肌を撫で上げた。 そして、出島さんの口唇が、あたしのそれに重ねられる。
とても、静かに。 たった数秒が、とても長い時間に感じられる。 柔らかく、緩やかに流れる数秒間、あたしの頭の中は動揺することもやめて、ただただ、出島さんから伝わってくる温もりを感じていた。
「ふふふー」
おでことおでこをくっつけて、出島さんが笑う。 ちかちかと緑色に光る瞳が、あたしのことを真っ直ぐに見つめている。
「な、なんですか」
「えへへー」
「だから、なんなんですか」
「やっぱり二人っきりになって正解でしたね」
「はあ?」
「だって、うららさんたら、もし僕が今と同じ事を岡崎さんの目の前でしようもんなら、問答無用で拒否されてたでしょう?」
「当たり前じゃないですか!」
何で、よりにもよって岡崎の前で恥ずかしいことをされなくちゃいけないのか!
「だから」
「え?」
「二人っきりになって正解です。 拒否される可能性を極限まで減らしたかったので」
「出島さんって、意外としたたかですよね」
「計算高くなりたいと思わせるほど、うららさんが魅力的なだけです」
こういうことを、さらりと言っちゃえる出島さんって、本当に反応に困る。 口を開きつつも、何も言えなくなったあたしの頬に音を立ててキスをすると、出島さんはそのままあたしのうなじに顔を埋めてしまう。 目の前にある出島さんの背中に手を回すべきか、とあたしが逡巡していると、
「はーん、うららさんって、たまんないですよねー」
「褒め言葉に聞こえないんですけど」
「僕はいつだって、最上級の褒め言葉しかうららさんには伝えられません!」
「そんなこと、自慢げに言われても……」
「うららさん?」
「なんですか?」
「大好きです!って、言いましたっけ?」
「えっと……」
言われてます。 ていうか、言われ慣れてます。 だって出島さん、口を開けばそればっかりですもんね。 というのは、割と真実に近いとは思うものの、それを言っちゃうとあたし、かなり感じ悪いひとじゃない? だからって、言われたことないなんてのも言えないし。
「言った傍から、言葉が消えていくみたいです。 言葉でしか伝わらないこともたくさんあると思うんですけど、言葉じゃ足りないこともたくさんあるんですよね。 うららさん。 大好きです。 言葉じゃ足りないくらい。 毎日言っても、毎秒言っても足りないくらい。 だーい好きです」
「あ、え、えっと……そ、その……」
ありがとうございます。
消え入る声で、しかも語尾を盛大に濁して言えば、出島さんはぎゅう!とあたしを抱き締める腕に力を込める。 あたしは、勇気を出して手を伸ばし、出島さんの背中をさすってみた。
「そういえば、あの脳みそ骨粗鬆症な猿人種ども、うららさんのことを呼び捨てにしてましたよね」
「へ? あ、ああ、はい」
「あとで、焼き入れておきますね!」
「いや、そういうこと、明るい声で言われても。 しかもあたし、気にしてないですし」
「うららさんは、心が広いのですね。 感激です」
「ていうか、出島さんの心が極端に狭いだけでは?」
「違いますよーう。 うららさんに近付く不定な輩に対して、死の制裁を与えてやりたいだけです」
「そっちの方がよっぽど物騒なんで、やめてください」
「えー」
久しぶりに会ったはずなのに、いつも通りすぎるほどいつも通りな出島さんとこうやって話していると、寂しいな、なんて思っていたことを忘れてしまう。
気付けば、笑顔になっていたあたしを、出島さんはまじまじと見つめる。
「かわいい」
「殴りますよ」
やーん、と乙女な声を出す出島さんに、またしても笑みがこぼれる。何だか、とても心が落ち着いている。今まで、すごーく頭を悩ましていたものが消えたような。
と、出島さんが爽やかに立ち上がると、青春映画みたいな笑顔をこちらに向けた。
「さて!お着替えタイムですよ!」
「変態め……」
出島さんが、極端に諦めの悪いひとだということを、すっかり忘れていた。 さて、どうやって切り抜けるか……。