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恐怖のポジティブ・シンキング

前話でフライング登場をかましてしまった出島さん。実は、彼が登場するのは、最終話の前の話になる予定でした。でも、空気を読まない登場すら好意的に受け入れてもらっているようなので、よしとしましょうか……(笑)。

そのせいで、話が長引きそうです。しかも、他のキャラクターたちの登場がどんどん遅れていっています……。出島さん、君ってひとは。

 「うらら」


 とんとん、とあたしの肩を指でつついて猿人種が言う。 片目が深緑のオッドアイだから、こっちが馨さん。 どうでも良いんだが、猿人種の怪力はこういった何気ない仕草にも存分に発揮されるらしく、とんとん、と叩かれた筈の肩が、じんじんと鈍痛を放っている。 地味に痛い。


 「うらら」


 とんとん、と反対の肩をもう一人の猿人種、花梨さんが叩く。 これであたしの両肩は、同じくらいの痛みを伴うことになった。 あれだよね。 左右対称の動きをすると、骨盤のゆがみやら何やらが改善されるっていう……。 そんなわけない。 痛い。 地味に、でも割と痛い。


 「な、何ですか」

 「ぶー!」

 「ぶー!」


 鼻の頭に皺を作って、猿人種が抗議の声と思われる奇声をあげた。 ああもう。河童っていうのは、何でみんながみんな変人なんだ。 それとも、あたしは特に変なのに出逢ってしまっているだけ? だとしたら、どれだけ運が悪いの、あたし!


 「何が不満なんですか」

 「ですか!」

 「のー!」

 「は?」

 「ですか」

 「のー!」

 「いや、さっぱり意味が分からない。 ていうか、ちょっとで良いので、単語繋げて文章を喋る努力をしてみてください」


 「うららの」

 「うららの」


 こんな筈じゃなかった、一生の不覚、などといった独り言を繰り返し、おうおうと嗚咽を隠そうともせず、膝をついたその周りに涙で出来た水たまりを作りつつある出島さんの鬱陶しさにすでに少しいらついていたあたしは、猿人種にも冷たい言葉を投げかけた。 すると、ふたりはまん丸い瞳を更にまん丸くさせて、どこぞの双子タレントもびっくりなシンクロ率で、


 「他人行儀!」


と叫んできた。


 「漢字、使えるんだ」


 率直な感想を言えば、何故か誇らしげに胸を張る。 褒めてないよ?


 「どうしてあたしが他人行儀なのよ」

 「でも、良い」


 尋ねれば、笑顔でそう言われる。 意味が分からない。 何でこんなに意味不明なんだ、猿人種。


 「はあ? 何で?」

 「もう、終わったから」

 「終わった?? 何が?」


 理不尽すぎる会話の流れに、あたしのいらいらメーターがぐんぐん上昇する。 そこへ、岡崎が口を挟み込んできた。


 「黄本? たぶん、あれだ。 さっきまで、ですます調で喋ってたのが他人行儀だって言いたいんだと思う」

 「あ。 なるほど」


 急に合点がいく。 なるほどね。 それで他人行儀、か。 それは一理あるかもしれない。 でも、あたしに言わせてみれば、前回会ったときは「殺す!」とか言われていた人外のひとに再会した五分後に、タメ語の呼び捨てで会話をすることの方が、余程ぶっ飛んでいるんだけど。 まあ、そういった常識的な意見は、あのふたりには通用しないっぽいか。


 「うらら」

 「うらら!」


 非常識な二人組は、あたしの名前を親しげに連呼する。 岡崎の方からふたりの方へ目を向ければ、二人は、水たまりの中心で悲嘆にくれている出島さんを指さし、


 「こいつ」

 「ばか」

 「だまらっしゃい!」


 猿人種の挑発にいとも簡単に乗ってしまった出島さんが、涙をちょちょぎらせながら顔を上げる。 一連のことが可笑しくて、あたしは思わず吹き出してしまった。


 「は!!!!!」


 うざいまでに地獄耳な出島さんは、当然の如くそれに反応し、光の速さであたしの目の前に移動、そしてがっしりと両手をつかむ。 痛い。


 「うららさん! 今、笑いました? 僕の不幸を笑いました? 笑いましたか? この、頭すっからかんな猿人種と一緒に、僕のことを嘲り笑いましたか?」

 「どんだけ被害妄想が激しいんですか」

 「妄想じゃないとおっしゃる! つまり、事実なのですね! のーう!」

 「ひとの言葉をねじ曲げない!」

 「わーん、うららさんが怒ったー!」


 ちょっと声を荒げれば、出島さんはその長身を二つに折り曲げて、またしてもおうおう言い出す。 そこへ、出島さんの周りに円を描くようにぐるぐる歩きながら、猿人種のふたりは、


 「やーいやーい」

 「怒られたー」

 「うららに怒られた」

 「うららに嫌われた」


と追い打ちをかける。 そして、それに対して、過去から何も学ばないのが信条らしい出島さんは、


 「だまらっしゃい!」


と、ふたりを追いかけ始める。


 「なに、これ。 コント?」


 あたしの心からのコメントに、岡崎は苦笑しつつも頷いてくれる。


 「まあまあ。 平和だってことだよ」

 「そうかなあ……」


 あたしは、岡崎のように人が良くないから、そんな風には思えない。 すぐに、嫌なことばっかり考えちゃうし。 今だって、すんごく久しぶりに出島さんに会えたっていうのに、あたしってば何て可愛くないんだろう。 きっと、出島さんだって、あたしにもっと可愛らしくなって欲しいんじゃないのかな。 素直になろうって、何度も自分に言い聞かせて誓って、でもちっとも進歩のないあたしのこと、出島さんはのろまだって思っているんだろうな。


 思考に集中していて、目の前のことには注意を払っていなかったあたしは、猿人種のタックルで現実に引き戻される。 あたしの腰の両側に、猿人種がぶらりとくっついていて、それはあたしの背後に隠れるようにしつつ、顔だけを左右からのぞかせている。


 「うらら」

 「守れ」

 「いや、守れって。 守る義理ないし」

 「黄本。 お前って、たまにすげえシビアだよな」

 「え、そう?」


 なんて会話の直後に、唇を尖らせたアヒル口の出島さんが、あたしの前に立ちはだかる。 もどかしい思いを表すためにか、出島さんは両足でじたばたとその場で地団駄を踏んだ。 昭和の子供か、というツッコミを入れたくなる。


 「ひ、卑怯ですよ、この猿河童! うららさんを盾に取るとは、どこまで品性下劣な真似をすれば気が済むんですかっ」

 「うるさい」

 「水ようかん河童」

 「何ですって! 僕が水ようかん河童なら、貴方たちなんて、貴方たちなんて、チョコバナナ河童ですっ! この、スイーツ河童!」


 「ふふ」


 だめだ。 笑わないでおこうと思ったのに。 だって、あんまりにも低レベルなんだもの、この言い争い。


 「え? 今、うららさん、僕のウィットに富んだ言葉使いに笑ってくれました?」

 「いや、低レベルだなって」

 「でも、笑ってくださったんですよね?」


 有無を言わさない笑顔で、出島さんがあたしとの距離をぐぐんと縮める。 周りに岡崎もいるっていうのに、出島さんは、もう少しで肌がくっつくんじゃないかというほど顔を近づけて、その矢鱈とまぶしい笑顔を振りまいた。


 「嬉しいなあ」


 ああ、出島さんって、やっぱりずるい。


 「そ、それより、出島さん」


 顔の表面温度が上昇するのを感じ取って、あたしは、わざとらしいのもお構いなしに話を変えようとする。


 「どういうことなんですか、これ?」

 「何がですか?」


 きょとん、と無垢な瞳をこちらに向ける出島さん。 前言撤回。 殴ってやりたいくらい腹が立つ。 どう考えても主犯なくせに。


 「こ、れ。 何であたし、あんな部屋に拉致されてたんですか? 何で天井から水が降ってくるんですか。 何で岡崎まで拉致られてるんですか。 何なんですか、あの衣装部屋は!」

 「あ、やっぱり、多すぎましたか? ドレス」

 「は?」


 あたしの両手は離そうともせず、顔だけを半開きになった部屋へと向ける。 端正な横顔に、美しいとしか形容できない顎のラインに、触ってみたくなる喉仏に、あたしは不覚にも目を奪われる。


 「うららさん?」

 「え? ……あ、だ、だから! あのドレスたちはなんなのかって」

 「もちろん、うららさんのためのものですよ。 でなきゃ、何で僕が他のどうでも良い女性のためにドレスなんぞを選ばなくてはいけないのです?」

 「そういうことじゃ、なくて」

 「本当はね、もう少し厳選するつもりだったんですよー。 でも、あれも似合うなー、これも良いなあ、これを着たうららさんも見たいなあ、あれもきっとうららさんが着たら卒倒ものだろうなあ、なんて思って選んでいたら、あんな量になってしまいました」

 「だから、そういう、」

 「ああ! そうですよね! 選べないですよね、多すぎて!」

 「違う、そうじゃなくて」

 「そうか! そうですよ!」

 「何が?」

 「確かに、僕は最後の最後まで、うららさんに会うのを待つつもりではありましたけど、ここで出現して正解ですよ、僕。 ね?」

 「いや、意味が……」

 「だって、僕が直々にうららさんのお着替えを手伝ってあげられるんですもーん!」

 「え、ええ!」


 恐怖に戦くあたしとは裏腹に、出島さんの頭の周りにはピンク色したアホ面のプチ出島さんが天使の姿で笛を高らかに鳴らしている。 違う。 そういう展開になるはずでは。


 「そうですよねえ。 僕ってば、なんてうっかりさんなんでしょう。 うららさんのお着替えなんてビッグイベントを、岡崎さんに頼んでしまうだなんて。 だって、あれですもんね。 岡崎さんは見張るだけですけど、僕だったら、一緒に中に入れますもんね!」

 「……!!」


 先程の恐怖を軽く百倍は上回る衝撃が、あたしを襲う。 パニック状態に陥って、言葉を紡げないあたしをよそに、出島さんはますます、その両手に力を込めた。 嫌だ。 相変わらずぬるぬるしてる。 そして、地味に痛い。 いや、そんなことは、既に些末な問題。


 「出島さん!」


 ようやっと口を開いたときには、時、すでに遅し。


 「さあ! 参りましょう!」


 朗らかにも聞こえる声音で宣言すると、出島さんは軽くあたしを抱き上げる。


 「いやーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 あたしの悲鳴だけが、廊下に響き渡った。


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