久しき再会は、自己紹介から
ついったを始めました。三条司名義ですので、興味のある方は、検索してみてくださいませ。
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さて、第二話。
たぶん皆さんもお忘れの、あのひとたちの登場です。
ああ、もう!
と、一旦は怒髪天を衝いたあたしだったんだけど、こんなだだっ広い場所で、しかも完全に一人で、ぷりぷり怒っているのも虚しいので、早々に諦めを付けた。
そう。 普通に考えれば、ここへ行き着くはずだったのだ。 こんなありえない状況に、真正面からぶつかるなんて、馬鹿げてる。
普通に散歩に出かけた直後、記憶が飛ぶなんて、しかも気付けば見知らぬ場所に寝っ転がっているなんて、ありえない。 絶対にありえない。 最近、そういうアリエナイことばっかりに遭遇しているから、ちょっとテンパると、それが普通のひとにとってはやっぱり『ありえない』ということを忘れそうになる。
「僕は、うららさんのためなら、何だって可能にしてみせます」
いつだったか、彼はそう言った。 バックに花びらを撒き散らしそうに美しい笑顔で。
「じゃあ、今すぐに象に支えられていた世界に戻して下さい」
真顔でそう返してみたら、完璧な笑顔のまま凍り付かれた。 その後、まったくのノーリアクションで硬直しっぱなしなので、渋々、
「冗談ですってば」
「うららさんたら……。 お茶目さんですねえ。 どうやったら象の遺伝子に異変を起こさせて、世界を支えられる大きさにしたものかと考え込んじゃったじゃないですかぁ」
「不可能ですよ、元々」
どうにも夢見がちになれないあたしがそう言えば、彼は、目を細めて囁く。
「うららさんのためだったら、何だって可能にしてみせますよ?」
あたしは遠い目になりながら、手の平でくしゃくしゃに丸まった紙切れに指を這わせた。
「だからって、普通の日々をありえないことだらけにしなくても良いじゃないですかっ!」
ああ、もう。 この不平不満を誰にぶつければ良いというのだ。
紙切れが現れた以外は、未だに静まり返った部屋の真ん中に立ち尽くして、あたしは、平凡な日々を非凡というよりも烏白馬角な日々に変えてしまう、恐ろしい彼の、お節介としか例えようのない感情が宙を舞っているような錯覚に苦しんでいた。
「出島さんたら……」
思わずそう口にした瞬間、大きな音が四方八方からし始めて、あたしは肩をびくりと震わせた。 壁が、少しずつだけどスライドしている気がする。
ここ、何? 洋風忍者屋敷?
ぎしぎしと、音を立てながら、壁が確かにスライドしている。 それに伴って、光が差し込むようになってきた。 どうやら、窓が隠されていたらしい。 今までの部屋が真っ暗だったわけではないけれど、どうやら天井の方から漏れる自然光だけで照らされていたらしいので、窓から差し込む光はあたしには少し眩しかった。
ようやっと壁のきしむ音が止んで、念のため暫く待ってから、あたしはそっと壁の一面に近付いてみた。 壁に指を触れてみようかと、手を伸ばしたとき、またしてもかさりと紙切れの落ちた音がする。 あたしから見て右側。 さっき紙切れが落ちて来た場所とは異なるところ。
とりあえず、壁に触ってみるのは後回しにして、あたしは紙切れの方へと足を進める。
少し屈んでそれを拾い上げようとした、まさにその時。
ばっしゃーん。
コントもかくや、という音を立てて、あたしの真上から水が降り注いできた。 それはターゲットであったらしいあたしをがっちりと捕らえて、あたしはものの数秒で全身濡れ鼠になってしまう。
「は?」
ついつい、苛立ちが露わになった声を上げたあたしの足元には、まだ拾えていない紙切れ。 怒りに任せてむんずと掴み上げ、くるりと反対側を見ると、今の水でインクが落ち始めて若干脅迫状めいた雰囲気になったメモ。
『新しいお洋服が必要みたいですね? うららさん』
「誰のせいよ」
一枚目と同じく、ぐしゃりとその腹立たしい内容の紙切れを握りつぶして、あたしは途方に暮れた。 前髪からぽたぽたとしたたり落ちる雫のせいで視界は悪いし、仕方なしに雫に遮られずに見られる下を向けば、足元に出来上がった水たまりにげっそりと落ち込みそうになる。
壁がスライドして出来た窓は、しかし、どう贔屓目に見てもあたしが通り抜けられるほどの大きさではなく、つまり、あたしの状況は悪化しただけということになる。
「おい」
「おーい」
ふと、目の前の窓的な細いところから声がして、あたしはずぶ濡れの髪から雫を撒き散らしながら顔を上げた。
「あ」
「あ」
無感情というよりも無気力なその声は、何故か聞き覚えがある。
「こっち」
「こっちこっち」
「いや、こっちこっちって言われても」
「こっち?」
「あっち?」
「そういうことじゃないってば。 こっちがどっちの方向かは分かってるわよ。 でも、そっちって言われたからって、意味が分からないからどうしようもないじゃない?」
「来い」
「来い」
「だーかーらー! 来いって言われても、そんな薄っぺらい隙間に、あたしがはまれるわけないでしょう?」
聞き覚えがあるばかりか、こういう押し問答のような会話を前にもしたようなことがある気がする。 もやもやは消えないばかりだったけど、とりあえず、あたしはその声の主たちと会話を続けることにした。 独り言をぶつぶつ言うよりかは、ずっとこちらの方が健全的だから。
「太ったのか?」
「でぶなのか?」
「余計なお世話! あたしがスーパーモデルだったとしても、その隙間にははまらないんだから」
「広げる?」
「広げよっか」
理解出来ない提案のあと、隙間のような窓からにゅっと指が伸びてきた。
「怖っ!」
あたしのリアクションには完全無視を決め込んで、現れた指は、窓の左右の壁にがっちりと手を添えると、
「ふん!」
「ふぬ!」
パンダの全力疾走くらいだらだらした声をかけると、壁が動き始めた。 さっきと同じような音がし始める。
も、もしかして、さっきのもこの声のひとたちが? だとしたら、何と言う馬鹿力。
ん?
無気力。 馬鹿力。 噛み合わない会話。
このキーワード、どっかで……。
あたしが記憶の隅っこをつついている間に、壁は先程よりも広く開いて、隙間程度だった窓は、しっかりと窓の姿をこちらに見せていた。 全ての壁が動いたみたいで、窓という窓から光がこぼれている。飴色の床にたまった水たまりが、きらきらとその光を反射して、一瞬だけ、このあり得ない状況を忘れかけたあたしは、ぶんぶんと首を左右に振って現実へと思考を戻した。
危ない、危ない。 これに慣れてしまったら、あたし、終わりだわ!
「ぶんぶん」
「ぶんぶん」
「水が」
「ぶんぶん」
「あ、ごめんなさい、かかっちゃった?」
窓をこちら側に向けて開き、声の主が入ってきたらしい。 急に近くなったその声に、あたしは慌てて謝った。 そういえば、あたし、ずぶ濡れなんだったっけ。
「ひさしぶりー」
「おひさー」
「久しぶり?」
ぺたりとおでこに貼り付いた前髪をかき上げて、あたしが視線を前方にやると、そこには確かに見知った顔が。 しかし、それは決して煌びやかな思い出では、ない。
「う、うわわわ。え、猿人種の!」
「やー」
「やーん」
相変わらずドルビーサウンドのように喋る猿人種のふたりは、かつてあたしを亡き者にしようとした、頭の弱い河童たちである。 あたしから見て右側の方は左手を、左側のは右手をひらひらりと振っていて、その左右対称な動きは、何やら不思議動物を彷彿とさせる。
「な、何してるの」
あのときは、事情がまったく違っているわけだけど、それでも身構えずにはいられない。 そもそも、ノリで人間ひとりを亡き者にしようとかいう発想が出てくる時点で、かなり危ないひとたちだと思う。
「えっと」
「え、えっと」
「え、忘れたとか?」
「ううん」
「忘れてないよ」
「でも」
「うん、でも」
「でも、何?」
「お前……」
「巫女……」
頭上でひらひらさせていた手をこちらに指さして、ふたりが仲良くハモった。
「誰?」
「え、誰って。 どういうこと? 今、巫女だって言ってなかった?」
「そうそう、巫女」
「でも、それは知ってるよ」
「前から知ってる」
「でも、それはお前の名前じゃないんだろ?」
「もしかして、あたしの名前を聞いているの?」
そしてまたしても、完璧なハモり。
「うん」
これでため息をつかずにおられようか。 あたしはがっくりと肩を落として、長く息を吐いた。 疲れる。 出島さんとは別の意味で、疲れる。
「うらら。 黄本うららです」
「うらら」
「うららー」
にぱーと微笑む猿人種は、意外と可愛かった。 そういえば、前に会ったときは、完全に敵だったから、こんな風に顔をまじまじと見るなんてこと、なかったかも。
あたしの右側に立っている方が、ふにゃんと手を差し出した。 握手のつもりらしい。
「桃城花梨」
どんぐりみたいにまん丸の瞳は、一見すると焦げ茶なんだけど、よくよく見れば深い緑色をしていると気付く。 少し丸みを帯びた鼻に、猫のように口角の上がった口。 首を傾げれば、癖毛が揺れる。
反対方向から、反対側の手を求めて手が差し出される。
「辻乃井馨」
驚くほどに長い睫毛に縁取られた目は、こちらもまん丸。 色は、えっと、こういうの何て言うんだったっけ? オッドアイ? 右目が深緑なのに、左目は焦げ茶色。 不思議。 桃城さんよりも低い鼻は、でもやっぱりにゃんこ口に繋がってる。 こちらも、へろへろと左右に揺れれば、つられて癖毛が揺れる。
「ひさしぶり、うららー」
「ひさしぶり、うららー」
「お、お久しぶりです……」
まるで旧知の友との再会を喜ぶかのようなふたりの笑顔に反して、あたしは引き攣った笑顔を浮かべた。 左右から握られた両手をぶんぶんと振られて、微妙に二の腕が痛い。
忘れてるかもしれないけど、あななたち、あたしのこと、殺そうとしたことあるんだからねっ!
というのは、言わないのが正解かもしれない。