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日常から非日常への滑らかなシフト

お久しぶりです。三条です。

無事卒論も終わり、口頭試問も終え、残るは実技試験のみです。やれやれ!

というわけで、夏にふさわしい、湿度が一気に5倍くらいになりそうな鬱陶しい出島さんをお届けです。

短期連載を考えてはいますが、更新スピードやら更新回数やらはまだ何も決めていません!←

楽しんでいただければ、幸いです。

 頭が、がんがんする。


 「うう……」


 情けない声で呻いてから、あたしは、何故かひどく気怠い身体を起こした。 正確には、上半身だけを起こした。 冷たい地面に手の平が触れると、そのひんやりとした感覚が、ぞわぞわと体中を這い上がって、首筋にまで鳥肌が立つ。


 ごいんごいんと、頭の中で除夜の鐘撞きが行われているかのような頭痛と闘って、あたしはやっとの思いで重い瞼をこじ開ける。


 「……」


 しんと静まり返ったその場所は、何もない部屋。 家具もなければ、窓もない。 したがって、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。 風も入ってこないので、外の温度がどうなっているのか見当もつかないけれど、確か、今、まだ夏。 コンクリートかと思っていたその地面は、どっこい、ものすごく年期の入った木目で、艶々と光る具合を見ると、きちんと手入れされているのかもしれない。


 飴色の床に、素っ気なくグレーに塗られた土の壁。 えらく高い天井は、体育館を彷彿とさせる。

 窓がないことを除けば、家具がないこともあまり気にならないほどにシックなこの部屋。 しかし、問題は窓ではないのだ。


 つまり。


 「ここ……どこ……?」


 あたしの呟いた声は、無論誰に答えてもらえるわけでもなく、寂しく高い天井へと霧散した。










 その日は、いたって普通に始まったのに。

 夏休みに入って、あたしはゆっくりしていたかった。 なのに、たすくは暑さで頭がやられてしまったのか、いつも以上に元気に走り回り、そのせいであたしは予定していたよりもずっと早くに目を覚ます羽目になり、朝から喧嘩をしてしまう始末。 お母さんには怒られるし。

 でもまあ、折角目を覚ましたわけだから、散歩に出かけようかと思っていたら、お母さんに掴まった。


 「あら、うらら。 どこか行くの?」

 「ああ、うん。 どこってわけじゃないけど、散歩にでも出かけようかなって。 暑くなりすぎる前に」

 「じゃあ、ついでにこれ、おばあちゃんに持っていってちょうだい」

 「朝ご飯?」

 「そう」

 「なんで、こっち来て食べないの? おばあちゃん、具合悪くしたとか?」

 「それがねえ」


 そういえば、ここ二、三日おばあちゃんに会っていなかった。 その間に何かあったのだろうかと思ってあたしが心配すると、お母さんは危機感に欠ける顔を傾げる。


 「今日は、あっちで食べるんですって。 昨日の晩に言われたの。だから、具合が悪いなんてわけじゃないみたいよ。 でも、教えてくれないのよねえ」


 尚も首を左右に傾げるお母さんが手にしたお盆に載せられた朝食の量を見て、あたしは何となくその理由に予想がついた。


 ははーん。


 とは言っても、それをお母さんに言うわけにはいかないので、あたしは適当なことを言って、お盆を受け取る。


 母屋から渡り廊下づたいに、おばあちゃんのいる離れに行く。 おばあちゃんの好みで、ここはまったくの和風なので、ドアをノックすることも出来ない。 だって、ドアじゃなくて障子なんだもん。 しかも、両手が塞がっているので、あたしは少し大きめの声を障子越しにかけた。


 「おばあちゃーん。 朝ご飯、持って来たよ。 入るねー?」


 お行儀が悪いと知りつつ、面倒臭くて、あたしは裸足の親指を使って障子をこじ開け、そこに足を突っ込んで無理矢理開けた。


 「おばあちゃ……」


 言いながら入れば、敷かれた布団にあるおばあちゃんの姿と、もうひとつ。 夏の青空もかくや、というほどの蒼い髪を長く伸ばしたその姿が、あたしの声に驚いたのか、あぐらをかいたままの姿勢で垂直に二十㎝ほどジャンプした。


 「何やってんだい」


 呆れた声をかけるおばあちゃんに、蒼い髪の背中が狼狽える。


 「ばっ、お、お前、ちょっと驚いただけじゃねえか」

 「あんたは、ちょっと驚いただけで跳び上がるのかい? 肝っ玉の小さい男だねえ。 うらら、入っておいで」

 「あ、うん。 ごめん、お邪魔だった?」

 「いーや? 邪魔なのは、こっちの方さ」


 畳の匂いがこもる部屋に入って、お盆を部屋の隅に鎮座する小さなテーブルの上に置いてから、障子を閉めた。


 おばあちゃんに、あごで指さされた蒼い髪のひと、龍神ことあたしのおじいちゃんは、目の周りをうっすらと紫色に染めてあたしに挨拶をしてくれる。 髪だけでなくて、全身真っ青なおじいちゃんは、赤くなると、青と混ざって紫になってしまう、厄介な色味の持ち主だ。


 「よ、よおう! うらら! 今日も暑いな、元気か!」

 「久しぶり、おじいちゃん。 あたしは、元気だよ 。たすくに叩き起こされて、微妙に睡眠不足だけど」

 「早寝早起きは身体に良いんだよ。 それくらい、うららだって知ってるだろう?」


 にやりとひとの悪い笑みを浮かべるおばあちゃんに、あたしは頬を膨らませてみせる。


 「だってー。 折角の夏休みなのにさ」

 「夏休み? お前、学校から暇を出されたのか? 何をしたっつーんだよ」


 慌てるおじいちゃんの手の甲を、おばあちゃんがぺしりと叩く。


 「本当にあんたは早とちりだねえ。 うららが行ってる学校では、年に三回、休みがあるんだよ。 その間、うららは学校に行かなくて良いんだ。 宿題は、出るみたいだけどねえ」

 「そ、そうか。 てっきりよ、お前が学校から閉め出されたんだと思ってよ。 だったら一度、俺様が出向いて、きっちり話つけておかねえとと思ったとこだったんだが」

 「いや、大丈夫だから。 話つけなくて良いから。 ていうか、おじいちゃんが来たら、それこそパニックになるから」

 「そ、そうなのかよ……? つーかお前、何か絹に似てきたなあ、物言いが」

 「良いことじゃないかい」


 一応神様であるはずのおじいちゃんは、拗ねたように口唇を尖らせて、あさっての方向を向いている。 からからと笑うおばあちゃんの声に、おじいちゃんは更にむずかるように眉根を寄せた。


 「うらら。 窓を開けてくれるかい?」

 「え、でも良いの? おじいちゃん、見えちゃうかもしれないよ? 一緒に朝ご飯、食べるんでしょ?」

 「大丈夫。 なあ、更紗?」


 おばあちゃんだけが呼ぶことを許されるその名を口にすれば、むくれていたおじいちゃんはやおら笑顔になって、不敵に鼻をならした。


 「おうよ」


 言って、何事かを口の中でもごもごと呟くと、瞬く間におじいちゃんが薄くなった。 あ、違うよ? 文法間違いとか、間違った日本語じゃないよ? いきなり、おじいちゃんの生え際が後退したわけじゃないよ? なんていうか、おじいちゃんは確かに目の前にいるんだけど、濃度が薄くなったのだ。 髪の毛がさらさらとたなびく様も、今では目をこらしても漸くうっすらと見えるくらいだし、元々透き通るほどの青い肌だったところなんかは、本気で透き通ってしまって、おばあちゃんがおじいちゃん越しに見えるくらい。 割と、ホラーです。


 「は、はは……すごいね」


 乾いた笑いでそう言えば、おじいちゃんは両の瞳を宝石のようにきらきらとさせた。 それから、おばあちゃんを勢い良く見据える。 散歩途中に、飼い主を振り返る犬のようなその仕草は、龍神には似使わないかもしれないけれど、おばあちゃんが何よりも誰よりも大切なおじいちゃんらしいもので、あたしも朝からにまにましてしまう。


 「じゃ、お邪魔虫のあたしはそろそろ」


 言いながら立ち上がると、おじいちゃんの声が背後から飛んできた。


 「お、おう、うらら、そのよ、最近、その、なんだ、あれはどうなってやがんだよ」

 「は?」

 「だ、だから、あれだよ、お前とよ、ほら、あの、頭の悪い、なあ」

 「……」


 どうやら動揺しているらしいおじいちゃんを慮って、あたしはしばし首を捻って考えてみる。 そして、ふと思いつく。


 「ああ。 出島さんのこと?」

 「お、おうよ! それだよ。 あいつは、どこで何してやがんだよ。まあな、俺様の大事な孫娘の周りをちょろちょろされてもよ、迷惑なんだがよ。 俺様の孫娘をほったらかしにしるってえのも、褒められねえからよ」

 「出張だってさ。 いつ帰ってくるんだったかな? 忘れちゃった」


 あくまで素っ気なく言ってから、おじいちゃんに背中を向ける。


 「うらら」


 今度は、おばあちゃんに呼び止められた。


 「なに?」

 「今から、散歩かい?」

 「あ、ああ、うん。 そう。 暑くなる前に、外に出て風に当たって来ようかなって」

 「そうかい。 楽しんどいで」

 「ありがと」


 顔だけ後ろを見れば、おばあちゃんの笑顔と、おじいちゃんの透き通った笑顔がそこにあって、あたしはふたりに満面の笑顔を残してその場を去った。


 「あ、結構風があるかもー」


 ショーツから出た脚に、風が気持ちが良い。 頭上に広がる空に向かって、大きく両腕を伸ばすと、背筋が伸ばされて、吸い込む空気が肺に染み入るみたいで心地良い。


 さて、どこへ散歩に行こうか。

 






 あ、あれ?

 さて、どこへ散歩に行こうか。

 そう思ってからの記憶がない。

 どこを歩いたのかも、覚えていない。 だからって、こんな部屋に転がるようなことをした覚えもまったくない。

 若年性痴呆症?

 んなわけないない。 そんなシリアスな病気に、健康体の見本みたいなあたしがなるわけない。 いやでも、だったら何で記憶がぽっかりとそこだけ抜け落ちているんだ?


 誰かに話せるわけでもなく、独り言をぶつぶつ言う気にもなれず、地味にパニクるあたしの耳に、かさりと小さな音が聞こえてきた。


 音のした方に目をやれば、今までそこにはなかった筈の紙切れが一枚。


 立ちあがろうとすれば、くらりと一瞬目眩がしたけれど、構わず紙切れに向かって足を進める。 指でつまみあげれば、真っ新な紙の真ん中にメッセージ。


 『驚きましたか?うららさん』


 「あの、くそ河童!」


 ぐしゃり!と手の平で紙切れを握りつぶし、あたしは怒声を上げる。


 その筆記体には見覚えがあったし、あたしのことをさんづけで呼ぶのにも心当たりはひとりしかいない。 何より、こういう、とんでもなく非常識で、迷惑で、空気をまったく読まないことをしでかすのは、あたしの平凡な毎日を突然にかき乱しまくるのは、あたしの少ない人生経験上、ひとりしか心当たりがいないのだ。 そして、どこのギネス記録を狙っているのか知らないが、この、半ば倦怠感を持ちつつ現れる悪い予想を裏切らないのも、ひとりしかいない。


 ああ、もう!


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