表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第六話 四ツ辻星系五野星域会戦③

 伊弉軍の補給艦群は損害ゼロ。

 一方、連邦軍の五百六十隻の補給船は、すでに「処理済み」だった。


 スクリーンに表示されたログは淡々としている。

 撃沈。炎上。通信断。

 感情の入る余地など、最初から存在しない。


 残っているのは――

 アストレイアが個別に管理していた八百隻。

 まだ敵の索敵網に引っかかっていない、言い換えれば――最後まで残された補給資産だ。


 前方で、味方戦艦が一斉射を放つ。

 黒い宇宙に火線が走り、夜空が一瞬だけ、赤く点滅する。


 アストレイアは、楽しそうに息を吐いた。

 

「リュカ。伊弉のことわざ、知ってる? 『雨が降る、先に知るのは、禿げ頭』」

「……これは初耳です」

「意味分かる?」

「……今の状況に当てはめるなら、前衛艦が先に敵を捕捉し、接敵したということでしょう。このペースなら、我が艦が敵と接触するまで――あと三分」

「やっぱりリュカは賢い。私の考えことが分かってる。もしリュカが敵指揮官だったら、どう配置する?」

「……残念ですが、全主力戦艦を集中させます。連邦軍に各個撃破の隙を与えないように」


「厄介ね、そうされたら、こっちには勝ち目がない」


 その直後、前衛艦の信号灯が点滅した。


「前衛艦から信号、‘’エンジン被弾。戦線離脱する‘’」


 アストレイアの眉が動く。


「エンジン……? まさか敵が後ろにいるのか!? リュカ——」


「——うわあああ!」


 床が、足元から抜け落ちた!


 船内の重力制御が破綻し、乗員全員が一斉に宙へ投げ出された。


 皆の手足が宙で泳ぐ刹那――

 床が跳ね上がり、全員を容赦なく叩きつける。


「……ッ!」


 骨の奥に、鈍い痛みが沈殿する。

 肺の中で空気が震え、視界が一瞬だけホワイトアウトした。


「損害報告!」

「エンジン区画で火災! ダメコン班、展開中!」

 

 ダメコン班――正式にはダメージコントロール班。

 艦が最も危険で、最も脆い瞬間に飛び込み、船をつなぎ止める最後の砦である。


 アストレイアは歪む身体を引き起こし、立ち上がる。

 が、船員たちの様子に目を配る余裕は、一秒もなかった。

 

 ——後方から、青いレーザーがなおも〈オーロラ〉に突き刺さっている!


「信号灯で発信しろ! ‘’こちら〈オーロラ〉! 撃つな、友軍だ!‘’」

「アイアイサー」

「味方の射線を避けるよう、針路を計算しろ!」

「アイアイサー!」


 友軍相撃――つまり、味方同士が互いの位置を把握できていないということだ。


「全艦に通達! ‘’位置灯を点灯せよ‘’」

「アイアイサー」


 ほどなくして、二百三十隻を超える主力戦艦が次々と位置灯を点灯し、暗闇の中にその存在を晒した。

 スクリーンには、味方艦を示す緑の矢印が浮かび上がる。

 どれも敵の方向を向いてはいるものの、向きはばらばら。重なり合うもの、戦列から大きく外れているものまである。


 ――隊形崩壊。


(隊形すら維持できん。これでは戦えない。くそっ!)


「艦長! 我々の位置、完全に露見しました!」

「構わん! このまま戦う。味方に沈められるより上等だ」


 サイラス連邦軍は闇雲に撃つ。

 だが敵は違う。位置を把握したうえで、一隻ずつ、確実に沈めていく。


「敵艦――位置灯点灯!」


 スクリーンに、赤い矢印が一斉に咲いた。

 千百隻を超える主力艦。その背後には、壁のように並ぶ八千隻の補給艦。


 それは、嘲笑以外の何物でもなかった。

 「隊形すら保てないのか」と、赤い矢印が無言で突きつけてくる。


「ふん......最後に笑うのは、私だ!」


 その直後。


 スクリーンが、緑に染まった。


「……百、二百……」


「……八百隻、確認!」


 リュカは息を呑んだ。胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。

 ――やっぱりだ。艦長なら、無策なはずがない。

 さっきまで兵書だの何だのと、うるさかったくせに、誰にも言わず切り札を隠していたのだ!


 緑の矢印は、闇を切り裂く援軍の光となって、前方へと広がっていく。


「これは、私が担当していた八百隻の補給艦だ。火力を吸わせる囮としては、申し分ない」

「!?@##う&%エ$」


 リュカは一瞬だけフリーズした。


「!%^ほ、補給艦を前線に……?」

「その通り」

「もし全滅したら……我が軍は補給を一切失う。撤退して立て直すことも――!」

「違う。補給はすでに下ろしてある。これは主力戦艦を守るための囮だ。これで最終的に、戦力の均衡を取れるはずだ」


 リュカの胸が締め付けられる。冷酷で正しい策かどうか、まだ確信は持てない。


「......なるほど。敵が八百隻の補給艦を沈めて、こちらが八百隻の敵艦を沈めれば、最終的な戦力は互角になる。そうなれば、仮に撤退しても惨敗にはならない......」

「撤退じゃない」


 アストレイアは即答した。


「勝つんだ!」


 戦場で、敵は補給艦を狙い始めた。

 先頭の数隻は撃沈されたが、殉爆は起きない。弾薬はすでに下ろしたからだ。


 策は効いた。

 補給艦を囮にすることで、主力戦艦への脅威は避けられる。


(……何かが、おかしい)

 リュカの顔から血の気が引いた。


 意図は見破られたか――たとえ補給艦が伊弉軍艦隊を横断しようとも、無視されがちだ。

 すべての砲火が、主力戦艦へ集中する。





 二十分後。


 サイラス連邦軍の戦線は崩れ始める。

 報酬目当ての者たちは敵に攻撃することなく、退却を始めた。

 スクリーン上の緑色の矢印が、爆ぜた火花のように四散していく。


(やっぱり、最低の男だね。本当に艦長を想うなら、私みたいに全力で危険から遠ざけるべきよ。戦場に立たせるなんて、ありえない......)


 リュカは、悲しそうに言う。


「……艦長。脱出ポッドへ急いでください。ここは私が時間を稼ぎます!」

「リュカに責任を押しつけるわけにはいかない」

「私はまだ若い。死んでも構いません。でも艦長は違うんです。八百年分の経験を、こんなところで終わらせるべきではありません!」


 アストレイアは、どこか諦めたように自嘲気味の笑みを浮かべた。


「八億の借金を背負った私に、もう後はない。この戦いは――一かゼロかだよ」

「生きてさえいれば何とかなります! 短い間でしたが、艦長の下で務められて、本当に誇りでした。どうか、脱出ポッドへ!」


(覚悟はできている――もし艦長がこれ以上拒むなら、力ずくでも逃がしてやる!)


「いいだろ、これは最後の命令だ。全艦に通達せよ......」


 ......



◇◆◇



 〈オハイオ〉の艦橋に、小さな鉄の檻を置いた。

 半メートルほど。子供ひとり入れるのがやっとのサイズ。


「勝負は決まったな! 〈オーロラ〉に発信しろ。”今日から俺のメイドになってくれ。これから檻に入って世界に展示するよ!”」

「アイアイサー」

「八百歳の珍品なら、チケットは瞬殺だ! うっははははは!」


 ドリアンの声が大きすぎて、空気を震わせた。


「ドリアン様!」

「急になんだ?」

「敵艦が、なぜか殉爆を始めました」

「馬鹿な!」


 対面は瞬く間に火海と化した。

 赤い矢印が一つ、また一つと消えていく。

 まるで疫病の炎が艦隊を貪り食うかのように――伊弉軍の大半が、瞬時にして消えた。


 ドリアンはガラス越しに、燃え上がる火海を見つめた。

 だが、炎の向こう側は――まったく見えない。


「これは一体、何が――!?」


 レーダーに目を戻す。

 微細な変化を追い、規則を見つけた瞬間、全貌が現れる。


 無視されていた補給艦たち――

 伊弉軍艦隊の隙間を縫うように縦横無尽に駆け抜け、敵艦の中心で次々と自爆を開始する。

 

 破片は広範囲に飛び散り、近隣の艦に連鎖的に被害を与える。

 まるでドミノ倒し。

 次々と、敵艦は炎に呑まれていく。


「馬鹿な......そんなはずがない、ありえない......」


 ドリアンは顔面を真っ青にし、何度も後ずさった。


「ドリアン様、〈オーロラ〉からの発信です。‘’二十分経過。各艦、自由作戦へ移行せよ‘’」


 戦局が一瞬で逆転した。

 攻撃指示など一切ないのに、散開していた緑の矢印たちが集結し、残存の敵へ突撃を開始する。

 まるで、弱り果てたライオンに群がり、肉をむさぼる犬どものようだ。


「勝った?」


「ええええ勝った!?」


 勝ったというのに、なぜが心が済まない。

 

「ロボットのくせに、メイド型のくせに、よくやったな!」


 ドリアンは檻を蹴り飛ばす。


「ありえない......」


「チートだ! 何らかのいかさまでもやっただろう! こんなインチキをやった後、何の罰もないのか?」 

 

「許せない!」 


「殺す……あいつを殺す……全員、片っ端から殺す……」


 艦橋では、怒りを含んだ命令が響いた。


「急速前進! 敵を全滅させろ! 投降者も逃走者も見逃すな! 全員殺せぇぇ!!」


 〈オハイオ〉の尾部エンジンが、八本の火舌を噴き上げた。

 彗星の尾のように長く、明るく。

 その光は、東の常世星系からでも肉眼で確認できるほどだ。


 これはサイラス船特有の加速技術であり、大量の燃料を犠牲にする禁じ手だ。

 マニュアルには「命からがら逃げる時にだけ使え」と明記されている。

 

 どうやら、ドリアンは怒りのあまり、正気を失った。



◇◇◆



「どう、フリーズしたか?」

「頭が、オーバーヒートして処理が追い……つきません……」


 リュカは冷却シートを額に貼りつけた。


「ただの盾役ではありませんか......」

「あっ、ようやくついてきた」


......


「……もし伊弉軍が補給艦を優先して攻撃すれば、連邦軍の主力艦隊はその庇護を受けられます。

 逆に主力艦隊を優先すれば、補給艦が陣へ突入して自爆してしまいます。

 伊弉軍にとっての最善策は、撤退や分散戦術を選ぶことです」


「いや。彼らはそんな手を選ぶはずがない」


「どうしてそう言い切れるんですか?」

「もしあなたが一千万払って私立の名門に通ったとして、月二十万の給料で満足する?

 敵は攻撃機と五百六十隻の補給艦を撃破したあと、戦果を拡大するために強気の戦術を選んだのよ」


 リュカはハッとした。


「まさか……無理やり攻撃機を送り出したのも、計画の一部だったんですか?」

「あれは、マッサージよ」

「マッサージ?」


 アストレアはリュカの肩を揉みながら続けた。


「力加減はどう? 敵の指揮官に、『自分は簡単に騙される単純な女』だと思い込ませるためよ」


 リュカの顔が真っ赤になった。


「でも、同じ手は二度と通用しない。私の名は、きっと全宇宙の新聞の一面を飾るはずだ。

 今後、私を相手にする敵は決して油断せず、一切の手加減もしない。

 その時は……」


 アストレアは、リュカの肩の固い部分に指先へ力を込めた。


「ヒヒ、リュカに任せるわ」


 額に貼った冷却シートからは、もはや熱気が立ちのぼっている。

 リュカは、完全にフリーズしてしまったようだ。















評価やコメントをいただけると励みになります

(。・ω・。)ゞ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ