第四話 四ツ辻星系五野星域会戦①
リュカは足を滑らせ、派手に地面へと転んだ。
「うっ、いたたた……」
目を開けると、なんだか光ってる。床も壁も天井も、全部、キラキラしている。
なんだこれ、まぶしい……。
艦長が〈オブリビオン〉から兵書を持ち帰って以来、興奮が収まらず、夜も眠らずに掃除を続けているのだ。
そういえば、艦長って、元々はメイド型アンドロイドだっけ。
最近は艦長ごっこじゃなくて、本職に戻ったのかな。
「それでいい。みな早く無地にサイラス連邦に帰ればいい」
◇◆◇
四ツ辻星系――黄金縄星域の《宇宙の交差点》。
南は『青海惑星圏』、北は『井堺星系』、東は『東の常世星系』、そして西は『ダーダッディ星域』につながる、軍事・経済の要衝だ。
伊弉嵐一族は四ツ辻に重兵を配備し、首都・青海惑星への侵攻を阻んでいた。
サイラス連邦の文化は、極端なまでの――国民皆兵、他領占拠奨励社会。
『占拠』や『奪還』は公民一人ひとりに許された権利であり、《821領土交換条約》のような行為すら、国家ではなく公民の自主行動として扱われている。
四ツ辻星系だけでも、これまで26回の《シチズンキャンペーン》が行われたが、成功者は一人もいない。
「それでも、試す価値はあるんだ!」
封印歴824年7月15日、アストレイア率いる艦隊――駆逐艦〈オーロラ〉1隻、補給艦2隻――は星系外縁に潜んでいた。
「これより五野を進撃する! 次は四野、三野、二野、一陽。四ツ辻星系を必ず我らのものだ! サイラス連邦のシチズンよ、我が指揮下で占領せよ!」
報酬は破格。
・偵察艦・攻撃機・補給艦:1隻につき10万BTC
・駆逐艦:100万BTC
・巡洋艦:1500万BTC
しかも成功、失敗を問わず、キャンペーンに参加すれば報酬がもらえる。
リュカは呆れた声を漏らす。
(私が今朝フラグを立てたせいだ! アストレイアは艦長ごっこ、やる気満々だ......)
「62人目の主人からもらった兵書のように、応募者が殺到してきた」
「62人目......」
リュカが呟いた。
(800年の間に、61回も転生したってことは、平均寿命がなんと13歳しかない。……13歳?
いったい何があったんだ、どうして彼はこんなに早く亡くなったんだ。
って、この兵書は、ガキが書いたものじゃないか!)
「それは前任からいただいたものですね.....失礼ですが、みんな報酬がもらった後、逃げてしまいます」
「ふふ。やっぱりそう思う? じゃあ条件を追加しよう。
――作戦開始から20分持ちこたえる者だけが、報酬を受け取れる。 これで十分だろう?」
「……あの、ちょっと一言なんですが……」
「こんな短時間では勝てないと思ってる?」
「いえ……その……。こんな大金、いったいどこから調達しましたか」
「ああ、それね! 銀行よ。四ツ辻星系さえ落とせば、返済なんて簡単よ」
リュカは呆れた。
――もし、作戦が失敗したら?
次の借金返済は、十六年どころでは済まないよお——!!
アストレイアなら、働き続ければいつか返済できるかもしれない。
だが、自分は?
アストレイアのように、結婚で市民権を得たわけでもない。
自分は三十五歳になれば《回収》され、記憶や経験はすべてスーパーAI『リティ』に提出しなければならない。
残った大切の人生は、レストランの裏で皿を洗い続けるだけだ!
こんな恥だらけの人生、『リティ』に回収されるくらいなら――ここで玉砕できる方が、まだ幸せなのかもしれない......
◇◇◆
三日後、封印歴724年7月18日。
ビットコインが僅か三日間で33.7%暴落してしまった。
言わなくてもわかる。これは伊弉軍の仕業だ……
毎回シチズンキャンペーンが始まる前になると、こうやって募集者の士気を削いでくる。
その影響を受け、四ツ辻星系に集まった艦隊は、一六〇〇隻に過ぎなかった。
内訳は――
・補給艦:1360隻
・偵察機:15隻
・攻撃機:三個の中隊(計180機)
・駆逐艦:287隻(〈オーロラ〉を含め)
・巡洋艦:2隻
なお、巡洋艦級以上は基本的に《シチズンキャンペーン》には参加しない。
さて、対する伊弉軍の戦力は以下の通りである。
・補給艦:8360隻
・偵察艦:不明
・攻撃機:推定五個の中隊(約300機)
・駆逐艦:600隻以上
・巡洋艦:240隻以上
・戦列艦:3隻
・空母:2隻
……正直、補給艦の数を見た時点で勝敗は決まっていた。
1360隻対8360隻。
艦隊戦とは「どちらが先に弾を撃ち尽くすか」の勝負。補給の少ない側が先に枯渇し、退くしかなくなる。
サイラス連邦軍――必敗。
この圧倒的な戦力差を前に、双方の反応は妙にも一致していた。
伊弉軍は笑った。「射撃訓練に過ぎない」と。
味方のサイラス連邦軍も以下のように笑う。
「うはははは! 二十分だけ耐えれば報酬が出る。その後は即撤退だぜ!」
ミシシッピ級巡洋舰〈オハイオ〉の艦橋。
艦長ドリアン・ブラックウッドは、妻から差し出されたグラスを、乱暴に奪い取った。
夫のドリアンは「ありがとう」と言わない。
息が合っているからではない。妻が夫に奉仕するのが、当然のこととして扱われてしまったからだ。
若く美しい妻は、夫の悪癖を直すつもりはなかった。
夫を甘やかすことが間違いだと、分かっていても、それは彼女の日常であり、性格そのものだった。
間違いを知りながらも、躊躇なく続ける――それこそが「性格」というものだろう......。
体に悪いと知りつつも、格好をつけて喫煙する。
人助けは面倒くさいと思いながら、結局は優しくする。
お金がないくせに、野良猫を放っておけず、缶詰を買ってしまう。
夫の性格は傲慢で無礼。
妻の性格は限りなく甘やかすこと。
どう考えても、最悪の組み合わせだった。
「おい! 調べはどうだ? あの艦長は一体何者だ。補給艦一隻につき十万ビットコインだぞ! 二隻買えるんだろ!」
「ドリアン様、調査の結果、相手は大した人物ではありません。資金もすべて銀行からの借入でした」
スクリーンに映し出されたのは、アストレイアの写真。
バーコード模様の前髪が、ひときわ目立っている。
「アンドロイド? しかもメイド型?」
ドリアンは大笑いし、酒を盛大に吹き出した。
そして何のためらいもなく、妻のドレスをぐいっと引き寄せ、口元を拭く。
「アンドロイドが艦長だと? ありえん! どうせ裏で誰かが操っているんだろう!」
「ドリアン様、彼女は人間と結婚して、市民権を得たようです」
「馬鹿な! 人間とアンドロイドの結婚は違法だ!」
「それは初期の法律が未整備だった頃の話ですが」
ドリアンは目を細め、彼女の前髪を凝視した。
「は、八百歳だと!? 妖婆じゃないギャ————! はははは! だから銀行も金を貸すんだな。返済の心配なんていらん。永遠に生き続けるなら、ずっと払い続けられるからな!」
そう叫ぶと、ドリアンは手にしていたグラスを、妻の顔に叩きつけた。
「間抜けめ! 俺のグラスが空なのが分からんのギャ——!」
「ごめんなさいっ!」
鼻を打たれ、葡萄酒が目に飛び散っても、妻は愛想よく微笑みながら、夫のために酒を注ぎ直す。
「戦いが終われば、あの女は借金まみれだ。俺の家でメイドとして働かせてやる! うはははは!」
妻が酒を注ぐその細い手が、ふと止まった。
その笑顔も、さっきまでのような余裕は消えていた。
——いくら甘やかしても、浮気だけは、許したくないのだ。
(封印歴724年7月15日12時時点で、1ビットコインで『卵21.678トン』買えるほど価値がある)




