表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

第二話 幽霊船——〈オブリビオン〉

 ピッ……ピッ……ピッ……


「艦長、正面方向より救難信号を受信。発信源は敵軍の軍隊輸送船〈流星舟(りゅうせいしゅう)〉です」

「救難信号か……罠の可能性は?」


 副艦長リュカは眉間に皺を寄せ、短い間を置いて沈黙した。

 すぐには答えず、慎重な女だと、誰もが思わされた。


「......さきほど何度も船を回らせたが、『骨』はずっとあの座標を指していました。もしかして、あそこが艦長の目的地では」


 ――ほう。


 そこまで見抜くとは。

 八百名の乗組員も、どうやら全員が使えないわけじゃないらしい。


「何かいい提案でも?」

「......いい提案ではないですが、補給艦二隻を隠蔽してから、本艦単独で接近すべきかと」

「採用する。その案で動け」


 航海士は胸を高鳴らせ、声を張り上げた。


「アイアイサー! 経路計画、完了しました!」


 スクリーンには、救難信号へのルートの他、さらに二つの撤退ルートが映し出された。

 罠だとすれば――即座に撤退ルートへ切り替えることができるのだ。


 ——見事な手際だ。


 この航海士、バーコード状の髪を読み取ればわかる。

 名前は『シアー』。 

 口の悪い女だが――命令された仕事は、テキパキと片づけてしまう。

 鍛えさえすれば、きっと一人前の人材になれるはずだ。


「採用する」


 こうして、〈オーロラ〉は舵を切り、〈流星舟〉へと航跡を伸ばしていく。



◇◆◇



 ガン、ガガガッ、ガン……!

 鉄板を叩く雨のような音が、艦体を覆い尽くす。

 〈流星舟〉に近づくほど、音が大きい。


 艦橋の空気が、一瞬で張りつめた。


 船員たちと漆黒の宇宙を隔てているのは、ほんの数センチの鋼板。

 艦体は外の()()に、急き立てられるように鳴り、その不吉な響きは、艦体だけでなく、船員たちの心までも揺さぶり、試練を与えてくる。


 アストレイアは八百年以上を生きてきたから、この音を知っている。


 ――隕石ではない。もっと鈍く、重たい響きになるはずだ。

 ――〈流星舟〉の残骸でもない。鋼鉄がぶつかるなら、もっと乾いた音になるはずだ。


 これは、アストレイアが最も耳にしたくない音。船員に説明する勇気すら持てなかった。


 屍雨 (しう)


 ――宇宙に凍りついた人間が艦体に衝突し、砕け散る。

 ばらばらになった五体は再び衝突を起こし、さらに砕けて、雨音のように降り注ぐ。


 この音が響くということは――〈流星舟〉の乗組員が、救援を待ちきれず、遭難したのだろう……。


 今日は〈流星舟〉。

 いつか未来のある日、自分の身にもこういう禍が降りかかるかもしれない――。


 戦争は残酷だ。宇宙での戦争は、なおさら。

 外は息を奪う深空。船員たちに退路はなく、ほとんどの場合、艦と運命を共にするしかない。


 急に――骨コンパスはぐるぐると回転している。


 アストレイアは即座に蓋を閉じて命じる。


「――止まれ!」


「探照灯を点けろ!」


 光が闇を切り裂き、前方へと伸びる。


 次の瞬間――


 ディディディディディディ......!

 ウーウーウー......!

 ディディディディ……! ウーウーウー……!

 ――警報が一斉に鳴り響く。レーダー警告、脅威指示、すべてのシステムが赤く点滅する。


 サイレンが艦内に鳴り響いた。

 眠っていた者は飛び起き、食事中の者は手にした食器を取り落とす。トイレにいた者は慌ててズボンを引き上げ、そのまま外へ飛び出した。


 わずかな時間で、艦橋には十数名の戦闘員が駆け込んできた。

 皆がそれぞれの持ち場へ急ぐが、目の前に広がる光景に、思わず息をのむ。


 艦橋のガラス穹頂いっぱいに、黒鉄の壁がせり上がった。

 光に驚いた巨獣のように、幾百もの砲塔がゆっくりと起き上がり、接近中の〈オーロラ〉へと向けられていく。


「艦長! これは……!」

「イージスシステム、目標追跡中!」

「粒子砲、ロックオン! 発砲許可を!」


 〈流星舟〉ではない! !


 〈オーロラ〉の二十倍。

 サイラス連邦のティターン級戦艦〈インフィニティ〉の三倍に及ぶ、異形の艦影だった。


 奴が救難信号を偽装したのか。

 あるいは〈流星舟〉を撃沈し、残骸に潜んで、救援艦を狩ろうとしているのか。


 いずれにせよ――罠だ! 


 やられる前にやらなきゃ!!


 「艦長! ご指示を!」


 副艦長リュカは、珍しく慌てた表情を浮かべた。

 右足が一歩、外へと踏み出す。

 視線は巨艦、艦長、そして脱出ポッド――三つの方向を絶えず行き来している。


 しかし、アストレイアは立ち尽くしたままだ。

 ――怯えて動けなくなったのだろうか?


 ……いや。耳を澄ませば――


 カリ、カリ......


 カリカリ......


 アストレイアは右手を掻き終えてから、口を開く。


「慌てるな。味方なら逃げる必要はない。敵なら逃げ場はない。とりあえず通信を開いてください」


 リュカは目を丸くした。

(――これが、八百年以上も生き抜いた者だけが持つ、揺るぎない落ち着き……)


 ジリリ......


「こちらは〈オーロラ〉の艦長、アストレイア。登艦許可をお願いします」


 ジリッ——


 沈黙。


 艦橋の誰もが、息を止めた。


 やがて、通信機が低く震える。


「こちらは〈オブリビオン〉――登艦を許可する」


 オブリビオン……?


 皆が困っている中、リュカが最初に思い出した。

 ――宇宙を漂う孤魂たちは、〈オブリビオン〉に迎えられ、三途の川を渡り次なる世界へと旅立つ、と。


「神様……!? そんな……!」


 アストレイアはさりげなく説明する。


「神、という呼び名は、文明の尺度差から生じた誤解にすぎない。

 かつて彼らは人間と共に暮らしていたが、人類がバベルの塔を築き、神が脅威を覚えたその瞬間から姿を隠した」


 リュカは、神という存在に強い憧れを抱いている。


「......神様は、いったいどんな存在なのでしょうか」

「人間より――ずっと不細工よ。」

「……えっ?」


 アストレイアは肩をすくめ、ふっと笑った。


「もしリュカが人形を作るとしたら、きっと、自分が理想とする姿に仕上げるだろう? 

 人類は、神が生み出した《最も美しい作品》。

 そして私たちアンドロイドは、人類が創り出した《最も美しい作品》だよ」


「――誇りなさい、リュカ」


 そう言いながら、アストレイアは手を伸ばして、リュカの前髪を撫でた。

 バーコード状の髪から、名前『リュカ』と製造年月日が読み取れる。


 17歳。

 806歳のアストレイアからすれば、あまりにも幼い。


 リュカは顔を赤らめ、あまりにも近い距離にあるアストレイアから漂う匂いを、無意識のうちに吸い込んでしまった。


「……私がいない間、〈オーロラ〉を任せてもいい?」

「は、はい! ぜひ任せてください!」

「――行ってくるわ」


 リュカは息を整え、敬礼をした。


「いってらっしゃい!」


 神に手を伸ばす艦長のことを、リュカは祈りながら、シャトルに入って消えるまで見送った。
















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ