第八話 四野星域会戦①——金
転職の都合で、更新は週に一話となります
翌日――封印歴824年7月16日、午前八時。
四野星域攻略戦まで、残り十時間。
立っても座っても、時間は容赦なく、流れ続けている。
アストレアは目を閉じ、静かに待っている。
呼吸のひとつひとつが、不安な空気に溶け込む。
ビ......ビ......ビ......ビ......
「艦長。R&M銀行からの通信が入っています」
「よろしい」
艦橋の中央に、淡い光が集まり、人型のホログラムが現れた。
高級そうなスーツ。
艶のある靴。
金の匂いが、画面越しでも漂ってきそうな男だ。
(……R&M銀行の社長、リチャード・モーガン!? もう債権回収に来たのか? 早すぎるだろ......)
「おお、ここが噂に名高い――伝説の無敵戦艦〈オーロラ〉ですか! いやいやいやいやはや、光栄の極み!」
「リチャード頭取。ようこそ、小さな艦へ」
「ご謙遜を。しかし、まさか一日で五野星域を落とすとは……驚きましたよ!」
「すべては閣下のご資金援助あってのこと。私どもの力だけでは到底及びません」
「いやぁ、本当にご謙遜を......」
「それで……本日はどのようなご用件で?」
リチャードは恥ずかしそうに言う。
「いや実は、大したことではないのですが……ほんの小さなお願いを一つ」
「私にできることであれば、喜んで」
リチャードは、ハエのように両手を擦り合わせながら、いやらしい笑顔を浮かべた。
「えっとね。閣下は現在、当行に対して820,300,000BTCのご負債がありますな......」
「はい」
「利息は結構。帳消しにしましょう。その代わりに、当行から新たに20億BTCをお借りいただきたい。利率は特別に、3.5%で!」
リュカの思考が一瞬止まる。
(なんで!? 借金が8億あるのに、催促どころか追加で貸す……? この人、正気なのか?)
「ご条件は、承りいたし......」
「ご賢明——
「——かねます」
「えっ?」
空気が、凍った。
(ええええ断るの! 何なんだよこの断り方! って、うちの艦隊一文もないのに!)
「……艦長。ひと言、よろしいでしょうか。リチャード頭取の提示した利率は、史上最低レベルかと」
「そうですよ! 何かご懸念でも?」
「懸念は特に。ただ今、他の銀行とも通信中でして」
アストレイアは、耳元のイヤホンを指で軽く叩く。
「向こうも 、20 億 BTC の融資を提示してきました。利率は……3.1%」
(3……3.1!? きっとあのハイドラだ! また横取りに来やがった! 普段は眼鏡をかけて真面目ぶってるくせに、実際は腹黒い偽善者め!)
さすが銀行の頭取。
レモンでもかじったような渋い顔をしていたのに、一瞬でニヤッ顔になった。
どこかの怪しい投資セミナー講師みたいだ。
「……では、条件を改めて!」
声を張り上げる。
イヤホンの向こうのハイドラにも聞こえるように。
「20 億、利率 2.9%! さらに先ほどの借金は利息ゼロで結構! いかがでしょうか!」
「いいですよ」
「それなら! さらに――え、……え? い、いいんですか!? もう決まり?」
「はい。同意します」
「……」
リチャードが瞬きする。
(珍しい……ハイドラがこんなに早く引くなんて。
いや、まさか最初からハイドラなんて存在しないよな。
そんなはずない! この私が、たかが家事ロボットに振り回されるわけが――ない!)
「では契約書を送りますので、サインを。手続きは私どもが行います。一時間後には資金が振り込まれるでしょう」
「はい。サインしました」
「では、本日はまことにありがとうございました。閣下のご武運とご発展を、心よりお祈りしておりますぞ」
ピッ――ホログラムは光とともに消えた。
「艦長……これは一体……」
「何が?」
「……どうしてみんな競うようにお金を貸すんですか? こんな大金返せるかどうかも分からないのに」
アストレイアは、向こうに広がる星海を見つめる。
「私たちは、すでに証明したから」
「証明……?」
「二百隻の寄せ集め艦隊で、1000隻の主力艦隊を撃破した。彼は今のボロ艦隊ではなく、未来の可能性を信じているのだ」
「未来……やっぱりよく分かりません……」
「ふふ。リュカはまだ17歳だもんね。分からなくて当然」
アストレイアは柔らかく微笑む。
「これは融資ってやつさ。兵書で読んだばかりだけどね。簡単に言えば――銀行は、我々未来の返済能力を信じてお金を貸す」
「融資......」
「そう、融資。戦争だろうが平和だろうが、結局はお金の話だ。
金は、戦争を起こすためにも、平和を守るためにも使われる。
どこに流すかで、世界が動く――戦争になるか、平和になるか。
すべては金次第なんだよ」
◇◆◇
【アストレイア艦隊 財務報告書】
分類:内部機密/Cー2
【艦隊規模】
・偵察機:12隻
・駆逐艦:253隻(旗艦〈オーロラ〉を含む)
・巡洋艦:2隻
【保有資金(期首残高)】
・56 BTC
【収入】
・2,000,000,000 BTC(銀行からの新規借入)
【負債】
・2,820,300,000 BTC(シチズンキャンペーンで払った報酬、また銀行からの借入総額)
【支出】
・燃料補給:18,000 BTC
・艦体修復費:450,000 BTC
・主機関、エンジン交換費:800,000 BTC
・負傷者の補充・交代費:9,000 BTC
・定期保養:30,000 BTC
・エンジン冷却材の補充:105,000 BTC
・シールド発生器の調整費:24,000 BTC
・航行データの再計算費(星図更新・重力補正):6,000 BTC
・弾薬補充費:296,640 BTC
・その他:18,000 BTC
支出合計:1,756,640 BTC
【可用资产(現在)】
56 BTC(期首)+ 2,000,000,000 BTC(収入)− 1,756,640 BTC(支出)
= 1,997,243,416 BTC
数字を追い終え、アストレイアは静かに息を吐いた。
――口座残高、ほぼ二十億BTC。
これだけあれば、地球奪還も、もはや夢物語ではない。
「クレジットカードで200 BTC借りてるんだけど、支出に入れて精算できませんか?」
小柄で痩せた艦務官は、甲高い声で叫ぶ。
「ダメです! 公私はきちんと分けます。帳簿はR&M銀行の監査に提出しますよ!」
「ははは……冗談ですよ、冗談」
艦務官はさらに別のリストを差し出す。
「こちらが、新たに雇用したダメコン隊員です。今回の戦闘で三名が戦死したため、その補充となります」
ダメコン隊員。
身体の弱いアンドロイドでは代用できない。敵の侵入と接触するリスクが高すぎるから。
防火服、防弾服に身を包み、装備はフルセット:
・マシンガン
・対装甲ロケット弾
・ハッキング端末
・溶接工具
・建築破壊用C4
ランク分けもある。
【ノーカップ】……新人。実戦経験ゼロ。
【ブロンズカップ】……簡単な修復・戦闘支援なら自力で可能。
【シルバーカップ】……複雑な損傷も対応可能な熟練者。
【ゴールドカップ】……チームを率い、危険任務もこなす精鋭。
【ホーリーカップ】……伝説級。極限状態でも船体を守る。
今回の名簿は――
ゴールド、ブロンズ、ノーカップ。各一名。
「……すごい。ゴールドカップがいるなんて。初めてだ」
「はい。今回の戦闘以降、〈オーロラ〉の名は広まりました。募集者も、明らかに質が上がっています」
「背景調査は済んでる?」
「はい、全員クリーンです」
アストレイアはうなずいた。
「では、このリストでお願い」
この精鋭たちが、これからどんな戦場を生き抜くのか――期待せずにはいられなかった。
アストレイアは立ち上がり、去り際に短く命じた。
「残りのBTCを、すべて連邦ECに換えておきなさい」
「連邦ECに? ですが、これから戦争をなさるのでは? 軍需品の調達や人員の雇用には、BTCのほうが便利かと……」
「これは命令よ。余計な詮索はしないこと。――目立たずに動きなさい」
「アイアイサー」
連邦EC=エネルギーコイン、サイラス連邦が発行するエネルギー基軸通貨である。
ビットコインとは異なり、価格変動が小さく、1エネルギーコイン=燃料1ガロンに相当する。




