小さな嵐と寄り添うココロ
朝の施設は、穏やかな空気に包まれていた。しかし、母・フミは突然、廊下を歩きながら「帰る」と繰り返す。ナースの美咲はすぐに記録を確認し、落ち着いて対応の準備をする。
「母さん、今日はゆっくりで大丈夫ですよ」
美咲が穏やかに声をかける。だが、母の目はどこか遠くを見つめ、焦りの色が混ざる。
忠彦はすぐに母のそばに駆け寄る。
「大丈夫じゃ、父ちゃんがおるけぇ」
手を握り、肩を支えながら、母を落ち着かせる。以前なら焦りや苛立ちで声を荒げていた忠彦だが、今は静かに寄り添うことを選ぶ。
美佐も近くに座り、手を重ねる。母の指先が娘の手に触れると、微かに力が抜ける。ナースの美咲は少し離れた位置から観察し、職員に指示を出す。
「安全を確保しつつ、焦らず声かけを続けてください。家族の支えを最大限活かしましょう」
昼過ぎ、母は室内で立ち上がろうとした際にバランスを崩す。スタッフが駆け寄るが、忠彦がすぐに間に入り、優しく支える。
「大丈夫、母さん。父ちゃんがおる」
母は短くうなずき、再び椅子につかまりながら落ち着く。美佐も励ましの声をかける。
ナースステーションでは、美咲が職員に助言をする。
「家族の関与は母さんの安心につながるだけでなく、職員の負担軽減にもなります。小さな成功体験を積み重ねながら、日常の中で安定した関わりを作りましょう」
夕方、庭で散歩中、母がふと立ち止まり「帰る」とつぶやく。忠彦は手を握り、優しく声をかける。
「焦らんでええんよ。ここでゆっくり歩こう」
母は少し安心した表情を見せ、再び歩き始める。娘も手を添え、家族の絆が揺れながらも深まっていく。
夜、ベッドサイドで家族がそっと手をつなぐ。母は目を閉じ、穏やかに微笑む。忠彦は静かに息をつき、家族の絆と自分の成長を実感する。美佐も手を握り返し、静かな安心の時間が流れる。
ナースの美咲は少し離れた場所から見守り、記録にこう書き残す。
《日常の小さな嵐を家族の手と心で乗り越える。揺れる日常の中で寄り添うことで、母の安心と家族の絆が育まれる》




