デイサービスへの初めての一歩
朝の光がゆっくりとリビングを満たす。陽子は少し不安げにカーテンの隙間から外を見つめる。今日は初めてデイサービスに行く日。家族も少し緊張していた。
「大丈夫かしら…」母の声は小さく震えている。
直樹は書類を手に立ち上がり、母の肩にそっと手を置く。
「母さん、最初は誰でも緊張する。でも、みんな優しいから安心して」
美咲も母の手を握り、微笑む。
「ね、母さん。私たちもそばにいるし、きっと楽しい時間になるよ」
陽子は小さくうなずき、ゆっくりと立ち上がった。歩くたびに少しふらつく足に、家族は自然と手を添える。
家を出て車に乗り込むと、外の景色がゆっくり流れる。街路樹の葉が風に揺れ、光と影が車内を柔らかく照らす。母は窓の外をじっと見つめ、遠い記憶をたどるように目を細める。
デイサービスの建物に着くと、明るい声と笑顔で迎えられた。スタッフの一人が手を差し出し、母に微笑む。
「こんにちは、今日はよろしくお願いしますね」
母は少し戸惑いながらも手を差し出す。その手の震えに、直樹は胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
美咲も微笑みながら母を励ます。
しかし、母がフロアに足を踏み入れると、やはり小さな混乱が起きた。
「ここは…どこかしら…」母の声には不安が混じる。
スタッフは優しく案内し、母が落ち着くまで寄り添う。直樹と美咲も一緒に座り、母の手を握る。
「大丈夫よ、母さん。すぐ慣れるから」
フロアでは他の利用者が談笑し、にぎやかな声が響く。母の眉間に一瞬皺が寄るが、美咲の手を握ると少し安心した表情になる。
直樹はスタッフに小声で尋ねる。
「母は初めてなので、特に注意していただけますか?」
スタッフは頷き、優しく笑った。
「もちろんです。慣れるまではゆっくりペースで、無理なく過ごしてもらいますから」
しかし、車に戻る直樹と美咲の間には小さな葛藤が生まれた。
「直樹、少し厳しくてもいいんじゃない?母に甘やかしすぎてる気がするわ」美咲が小さくため息をつく。
直樹は眉をひそめる。
「いや、無理に慣れさせるより、安心感を与える方が大事だと思う」
意見は分かれるが、共通しているのは母を思う気持ち。
葛藤の中で、二人は少し黙り込み、母の手をそっと握る。母の目には不安と期待が混ざり合った光が宿っていた。
デイサービスの玄関を後にする時、母は小さく笑い、直樹と美咲に手を振った。その瞬間、二人は胸の奥に安堵を感じる。
家族の思いと葛藤、母の不安と期待――
すべてが混ざり合った初めての一歩は、静かに、しかし確かに始まったのだった。




