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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
小さな日常の奇跡

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79/90

揺れる日常と揺れる輪

朝の光が差し込む食堂。母・フミはゆっくりと食事をとっている。だが、昨日よりも少しだけ不安げな表情を見せる瞬間がある。ナースの美咲はその微妙な変化を見逃さず、手元の記録にメモを取る。


「おはようございます、フミさん。今日はご気分はいかがですか?」

美咲が穏やかに声をかけると、母はわずかに目を細め、口元に小さな笑みを浮かべる。


そのとき、忠彦が食堂に入ってきた。少しぎこちないが、自分から母のそばに寄り添う。

「父ちゃん、今日も一緒におるけぇ安心してな」

母は短くうなずくが、目の奥には不安の影が残る。美佐も隣に座り、手を握る。


午前中、庭の散歩中に母がふと立ち止まり、「帰る」と小さくつぶやいた。忠彦はすぐに反応する。

「大丈夫じゃ、父ちゃんがおるけぇ」

美咲はそっと後ろから声をかける。

「母さん、今はここでゆっくり歩きましょう。庭も安全ですよ」


母は手すりを握りながらも少し落ち着きを取り戻す。忠彦は母の肩に軽く手を添え、微妙な距離を保つ。娘の美佐も手を添え、安心感を共有する。


昼下がり、室内でのリハビリ中に小さな事件が起きた。母が突然椅子を押しのけ、スタッフが駆け寄る。忠彦が素早く対応し、母を優しく支える。

「母さん、焦らんでええよ。父ちゃんがおる」

スタッフはほっと息をつき、家族と職員の協力がうまく機能していることを確認する。


午後、ナースステーションでは職員とのミーティング。

「昨日の夜間徘徊も、家族の付き添いで大事に至らなかった。日々の小さな変化を記録して共有しましょう」

美咲はうなずき、記録をまとめながら助言する。

「家族の協力は母にとって安心だけでなく、職員の負担も軽減します。小さな成功体験を積み重ねることが重要です」


夕方、庭のベンチで母と夫、娘が並んで座る。母が小さくつぶやいた。

「父ちゃん、そばにおってくれてありがとう」

忠彦はぎこちなく笑い、肩に手を置く。美佐も手を重ね、家族の温かさが小さな波となって広がる。


夜、ベッドサイドで母を見守る忠彦。

「遅うなったかもしれんが、これからはちゃんと向き合う」

母は目を細め、穏やかに微笑む。娘もそっと横に座り、三人の静かな時間が流れる。


ナースの美咲は少し離れた場所から見守り、記録をまとめる。

《家族の手と心がもたらす安心感。小さな変化の積み重ねが、母の安定と職員の負担軽減につながる》


揺れる日常の中で、家族と職員、ナースの支えが小さな輪となって、母の安心を育てていく — そんな一日であった。


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