揺れる日常と揺れる輪
朝の光が差し込む食堂。母・フミはゆっくりと食事をとっている。だが、昨日よりも少しだけ不安げな表情を見せる瞬間がある。ナースの美咲はその微妙な変化を見逃さず、手元の記録にメモを取る。
「おはようございます、フミさん。今日はご気分はいかがですか?」
美咲が穏やかに声をかけると、母はわずかに目を細め、口元に小さな笑みを浮かべる。
そのとき、忠彦が食堂に入ってきた。少しぎこちないが、自分から母のそばに寄り添う。
「父ちゃん、今日も一緒におるけぇ安心してな」
母は短くうなずくが、目の奥には不安の影が残る。美佐も隣に座り、手を握る。
午前中、庭の散歩中に母がふと立ち止まり、「帰る」と小さくつぶやいた。忠彦はすぐに反応する。
「大丈夫じゃ、父ちゃんがおるけぇ」
美咲はそっと後ろから声をかける。
「母さん、今はここでゆっくり歩きましょう。庭も安全ですよ」
母は手すりを握りながらも少し落ち着きを取り戻す。忠彦は母の肩に軽く手を添え、微妙な距離を保つ。娘の美佐も手を添え、安心感を共有する。
昼下がり、室内でのリハビリ中に小さな事件が起きた。母が突然椅子を押しのけ、スタッフが駆け寄る。忠彦が素早く対応し、母を優しく支える。
「母さん、焦らんでええよ。父ちゃんがおる」
スタッフはほっと息をつき、家族と職員の協力がうまく機能していることを確認する。
午後、ナースステーションでは職員とのミーティング。
「昨日の夜間徘徊も、家族の付き添いで大事に至らなかった。日々の小さな変化を記録して共有しましょう」
美咲はうなずき、記録をまとめながら助言する。
「家族の協力は母にとって安心だけでなく、職員の負担も軽減します。小さな成功体験を積み重ねることが重要です」
夕方、庭のベンチで母と夫、娘が並んで座る。母が小さくつぶやいた。
「父ちゃん、そばにおってくれてありがとう」
忠彦はぎこちなく笑い、肩に手を置く。美佐も手を重ね、家族の温かさが小さな波となって広がる。
夜、ベッドサイドで母を見守る忠彦。
「遅うなったかもしれんが、これからはちゃんと向き合う」
母は目を細め、穏やかに微笑む。娘もそっと横に座り、三人の静かな時間が流れる。
ナースの美咲は少し離れた場所から見守り、記録をまとめる。
《家族の手と心がもたらす安心感。小さな変化の積み重ねが、母の安定と職員の負担軽減につながる》
揺れる日常の中で、家族と職員、ナースの支えが小さな輪となって、母の安心を育てていく — そんな一日であった。




