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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
施設での長期生活と家族の絆

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76/90

揺れる現場と、支え合い

午前のデイルーム。朝の光がカーテン越しに差し込み、テーブルの上の紙コップがかすかに光っている。

ナースの美咲は、昨日の夜勤記録を見返しながら深呼吸した。

母・フミの夜間徘徊は、まだ完全には落ち着かない。だが昨日は、夫・忠彦が初めて自発的に付き添ってくれた。小さな変化だが、現場にとっては大きな希望だった。


「美咲さん、ちょっと相談していいですか?」

施設長の田嶋が近づいてきた。

「はい、どうしました?」

「○○さん、昨夜もまた別の居室に入ってしまったようだ。スタッフは対応に追われ、少し疲弊している」

美咲は頷き、ファイルを開く。

「はい。記録を確認しました。夜間の安全確保はまだ課題ですが、家族の協力でリスクは多少減っています」


その瞬間、介護士の佐藤が慌ててステーションに駆け込んできた。

「美咲さん!フミさん、また廊下に出ています!」

美咲と田嶋はすぐに対応。廊下の角で、フミは手すりに掴まりながら小さくつぶやく。

「帰らなきゃ…あの子が待っとる…」


忠彦は少し離れたところで立ち尽くす。

「大丈夫じゃ、父ちゃんがおるけぇ」

その声は力強くもあるが、どこかぎこちない。

美咲は静かに忠彦に指示を出す。

「まず優しく名前を呼んでください。声を大きくしすぎないで」

夫は深呼吸し、母の肩にそっと手を置いた。母は少し立ち止まり、目を細める。


対応が落ち着いた後、施設長は眉をひそめる。

「このままだと、職員の疲労が限界だ。外部支援、訪問リハや地域包括の介入も検討する必要がある」

美咲はうなずく。

「はい。医療的観察だけでなく、家族の関わりと外部支援の両輪で支えることが重要です」


昼下がりの面談室で、美咲は家族に電話をつないだ。

「昨夜の徘徊についてお話したいのですが…」

美佐の声は少し震えている。

「お母さん…また出ちゃったんですね…」


美咲は落ち着いた声で説明する。

「はい。ですが、父さんがそばにいてくれたので大事には至りませんでした。今後も、訪問リハや外部支援を併用しながら、少しずつ安全な生活を作っていきましょう」

美佐は小さく息をつく。

「ありがとうございます…本当に助かります」


その後、美咲は職員たちとミーティング。

「夜間徘徊の対応は、1人で抱え込まずチームで支えましょう。家族にも協力してもらう」

職員たちは少し疲れた表情だが、頷く。

美咲は記録にメモを取る — 《家族の関与と職員の負担軽減は表裏一体》


夕方、庭で母と夫が手を取り合って座る。

「父ちゃん、今日はありがとう」

母の声はかすかに震えている。

忠彦はぎこちなく微笑み、肩を叩く。

「大したことじゃない。父ちゃんも勉強中じゃけぇ」


美咲は少し離れた場所から二人を見つめる。

「家族の存在が、どれほど安心を生むか…これが介護の本質だ」

彼女は深く息をつき、パソコンに記録をまとめる。

医療的データだけでなく、人と人の距離、寄り添いの時間も、きちんと文字に残す。


夜、忠彦は玄関で立ち止まり、ふと母の古い写真を取り出した。

「これからは、手を抜かずにやるよ」

母の笑顔と共に、家族の“新しい日常”が静かに始まる。


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