そこから見えるもの
施設のステーション。ナースはパソコンの前で母の観察記録をまとめていた。
「午前中の歩行は安定、食事量も良好、表情も比較的落ち着いている」と冷静にメモを打ち込む。
そこへ施設長が静かに近づく。
「どうだ、今日の様子は?」
ナースは画面を指差しながら報告する。
「母の徘徊や帰宅願望の兆候はほとんどありません。ただ、時折目が泳ぐ瞬間があり、注意は必要です」
施設長は頷き、少し眉を寄せる。
「なるほど、家族の負担は少し軽減されてきたか。だが、まだ安心はできんな」
ナースは冷静に答える。
「はい。家族が訪問したときの反応も観察しています。少しの罪悪感や心配が見られますが、生活リズムには大きな乱れはありません」
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昼下がり、母は庭でゆっくり散歩する。
職員がそばで付き添い、時折声をかける。
ナースは施設長に視線を向ける。
「こうして歩ける時間を増やすと、安心度がさらに上がります」
施設長は少し微笑む。
「ナースの観察があってこそだな。安全確保だけでなく、家族への説明にも役立つ」
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夕方、娘が手紙を置きに訪れる。
母は手紙を受け取り、微笑みながら小さく頷く。
施設長はナースに耳打ちする。
「家族の心理も見てくれているのか?」
ナースは淡々と答える。
「はい。表情や行動の細かい変化から、安心や罪悪感の程度を把握しています。第三者目線だからこそ、家族の微妙な心の揺れも記録可能です」
施設長は頷き、静かにステーションを離れる。
ナースはその背中を見送りながら、再び画面に向かう。
母の生活の安定、家族の心の変化、安全管理――
すべてを見守るのが、自分の役目だと理解している。
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ナースの視点を通して描かれるのは、母の生活の安定だけでなく、家族の心理や施設運営の現実。
第三者としての冷静さと、人情味の交錯が、この日常の細部に刻まれている。




