揺れていく日常
母は施設のリビングで編み物を始めていた。
手先の動きは以前よりも安定しており、時折微笑みながら針を動かす。
ナースは第三者として、その様子を静かに観察する。
「手先の器用さは維持されている。表情も落ち着いている」と記録を取る。
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一方、自宅の娘は、母のことを思い出しながら食事の支度をしていた。
「施設で少しでも安心しているなら…」
そう自分に言い聞かせるが、心の奥にはまだ小さな不安と罪悪感がある。
父もソファで静かに新聞を広げる。
目線は遠くを見つめ、過去の母との日々を思い返している。
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ナースは施設の状況だけでなく、家族の心理の微細な変化にも注目する。
娘の手の動き、父の視線の動き、声のトーン。
「家族は安堵を感じつつあるが、心の葛藤はまだ残っている」
冷静な視点で観察し、感情を客観的に記録することができるのは、ナースだからこそだ。
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午後、母は庭でゆっくりと散歩する。
職員がそばに付き添うが、母自身も歩くリズムを取り戻しつつある。
ナースはその歩行の安定度、呼吸の様子、表情の変化をメモする。
「徘徊や不安の兆候は減ったが、まだ時折、帰宅願望が出る」と分析する。
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夕方、娘は手紙を書き、母の施設のポストに入れる。
「今日は穏やかに過ごしてくれてありがとう」
父も娘の手を軽く握り、互いに無言で微笑む。
ナースはそのやり取りを静かに見守り、記録に残す。




