新たなる見解
施設の廊下に、母の足音が静かに響く。
ナースはステーションの奥から、第三者として観察する。
歩き方の微妙な揺れ、足先の運び方、手の動きの小さな変化――
「歩行は安定してきたけれど、時折ふらつきがある」と記録に書き留める。
母は食堂で朝食を取っている。
一口ごとの食べる速度、箸の使い方、顔色の変化。
ナースの目には、ただの食事ではなく、体調と心理状態を測る情報の集合として映る。
「表情は穏やかだが、目が泳ぐ瞬間がある。帰宅願望のサインかもしれない」と冷静に分析。
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ナースは家族の行動にも注意を向ける。
娘が母に声をかけるときの手の震え、父の腕組み、黙ったままの目線。
「家族は安心しているように見えても、心の奥に罪悪感がある」
ナースは、感情移入せずに、行動と表情から心理を読み取る。
第三者だからこそ、家族の葛藤が鮮明に見える。
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施設のスタッフは笑顔で母に話しかけるが、ナースはその対応も観察する。
「声のトーンは適切、距離感も安全圏内、でも徘徊兆候はまだ残っている」
転倒防止のための床の動線や角の見え方、手すりの位置などもチェック。
家族には見えない現場の安全管理の工夫が、母を守っている。
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午後になり、母は窓の外を眺める。
「父ちゃん…」とつぶやき、少しだけ肩をすくめる。
娘はその声を聞き、目を細めてそっと手を置く。
ナースの視点からは、その一瞬の身体の反応や呼吸の変化もすべて記録対象。
「安心しているように見えるが、心の不安はまだ完全に消えていない」と分析する。
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夕方。
ナースは記録ノートを閉じ、静かにため息をつく。
母の状態は少しずつ安定してきた。
家族も、少しずつ新しい現実を受け入れ始めている。
でも、誰も感情的にならず、冷静に、淡々と日常を回していく現場の空気が漂っていた。




