遠くで見守るココロ
朝の光が差し込む自宅。
娘はリビングのテーブルに座り、昨日の施設訪問で見た母の表情を思い返していた。
「無理にでも施設に入れてよかった…」
心の片隅でそう思いながらも、胸の奥には小さな罪悪感がくすぶる。
父は黙って新聞を広げている。
ページをめくる音だけが部屋に響く。
「母さんが元気でいてくれるなら…」
それだけを願いながらも、父の眉間には深い皺が寄っていた。
夜中に徘徊していた母の姿が、何度も頭に浮かぶ。
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ナースは施設から離れた自宅でも、第三者として観察を続ける。
家族の表情、行動の端々、声のトーン。
「母の安全は確保されたが、家族の心の疲労は続いている」
その視線は冷静だが、現場の重みは画面越しでも伝わってくる。
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電話のベルが鳴る。
施設からの連絡だ。
母が朝食を嫌がった、少し徘徊した、落ち着かない時間があった、との報告。
娘は深呼吸をして受話器を取る。
「はい、分かりました…ありがとうございます」
声は穏やかに保っているが、手は少し震えていた。
父も横で娘の肩に手を置く。
言葉は交わさず、互いに目で「大丈夫だ」と確認する。
それでも胸の奥には、不安と心配が混ざり合っていた。
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夕方。
娘は家事をこなしながら、ふと母の写真に目をやる。
「こんなに早く日常を取り戻せるとは思わなかった…」
でも、涙がこぼれそうになるのを手で押さえる。
ナースは静かに見守り、心の中で記録をまとめる。
「母は施設で安全を確保され、家族は少しずつ受け入れを始める」
しかし、心の葛藤はまだ消えていない。
家族の生活に、新しい日常の影がじわじわと差し込む瞬間だった。




