新しい施設の朝
朝日が差し込む中、母は新しい施設の廊下をゆっくり歩いていた。
昨日までの慌ただしい夜とは違い、静かで整った環境が広がる。
ナースステーションから見守るナースは、第三者として冷静に観察する。
母の手の動き、足取り、表情の変化。すべてが、以前の家よりも落ち着いて見えた。
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娘は隣に立ち、胸の奥でざわつく感情を押し込めながらも、母の安全を確認する。
「ここなら……安心かもしれない」
父は廊下の端に立ち、無言で施設の職員とやり取りをする。
声を出さずとも、父の目には不安と後ろめたさが宿っていた。
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母は時折「帰る」と口にする。
でも、施設の扉は鍵がかかり、安全が確保されている。
職員は優しく声をかけ、落ち着かせようとするが、母はわずかに顔をしかめる。
ナースは、その一瞬一瞬を見逃さずに観察していた。
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「大丈夫よ、お母さん。ここでゆっくりしてね」
娘は母の肩に手を添えるが、母の瞳はどこか遠くを見つめる。
父は腕を組み、言葉少なに立っている。
家族全員の心には、安堵と罪悪感、疲労が入り混じる。
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ナースは心の中で記録をまとめる。
「徘徊や暴力のリスクは減るだろう。
でも家族の心の葛藤はまだ解消されていない」
母は、ゆっくりと施設の廊下を歩きながら、時折小さな声で「父ちゃん……」と呼ぶ。
家族はその声を聞きながら、初めて「離れて暮らす」現実を少しずつ受け入れ始める。




