表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
退所勧告と揺れる家族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/74

受け入れ先探しの現実と絶望

朝から雨が降っていた。

娘は傘を差しながら、電話帳を片手に施設や病院へ連絡を取り続けていた。

「すみません、認知症の母を受け入れてくれる施設を探しているのですが……」


どこも返事は同じだった。

「現在、受け入れは難しいです」

「申し訳ありませんが、空きがありません」

「医療サポートが必要なら、専門病棟をご検討ください」


電話を置くたび、胸がぎゅっと締めつけられる。

母の夜間徘徊、暴力、帰宅願望。

どれ一つとして、理想的に受け入れてくれる施設はなかった。


父が横でため息をつく。

「……どこもあかんのか……」

「……うん……」

娘は小さく答え、肩を落とした。

電話帳のページがどんどん減っていくが、解決策はどこにもなかった。



午後、施設から連絡が入った。

「夜間徘徊が激しく、他の利用者さんへの影響もあります。安全確保のため、期限内に受け入れ先を決めてください」


それは、まさに“最終通知”だった。

娘の心臓が跳ね上がった。

「……もう、逃げ場はない……」

父の顔も硬直していた。

どこにも母を預けられない。

家では対応できない。

現実が、突きつけられた。



夜、帰宅した娘と父はリビングで向かい合った。

父は拳を握りしめ、娘は膝を抱えて座っている。


「どうすりゃええんじゃ……」

父の声は震えていた。

「もう、誰も助けてくれんのか……」


娘は涙を流し、声を絞り出した。

「お母さんを……誰も見てくれない……でも、私たちだけでも無理……!」


言葉にならない悲鳴が、静まり返った部屋に響く。

信頼は、家族の間にも、職員との間にも、もう存在しなかった。


母の帰宅願望と夜間徘徊、暴力。

理想の家族像と現実のギャップ。

その亀裂は、家族の心をじわじわと蝕んでいた。



深夜、母は施設の居室で、また廊下を歩き回っていた。

「家に帰る……お父さんが待っとる……」

職員が必死に声をかけても、母の心はもう、過去の記憶の中にあった。


娘はその姿を思い浮かべ、泣きながらつぶやいた。

「どうか……どうか、無事でいて……」


現実は、容赦なく家族の前に立ちはだかる。

助けてくれる人も、逃げ場も、もうどこにもない──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ