受け入れ先探しの現実と絶望
朝から雨が降っていた。
娘は傘を差しながら、電話帳を片手に施設や病院へ連絡を取り続けていた。
「すみません、認知症の母を受け入れてくれる施設を探しているのですが……」
どこも返事は同じだった。
「現在、受け入れは難しいです」
「申し訳ありませんが、空きがありません」
「医療サポートが必要なら、専門病棟をご検討ください」
電話を置くたび、胸がぎゅっと締めつけられる。
母の夜間徘徊、暴力、帰宅願望。
どれ一つとして、理想的に受け入れてくれる施設はなかった。
父が横でため息をつく。
「……どこもあかんのか……」
「……うん……」
娘は小さく答え、肩を落とした。
電話帳のページがどんどん減っていくが、解決策はどこにもなかった。
⸻
午後、施設から連絡が入った。
「夜間徘徊が激しく、他の利用者さんへの影響もあります。安全確保のため、期限内に受け入れ先を決めてください」
それは、まさに“最終通知”だった。
娘の心臓が跳ね上がった。
「……もう、逃げ場はない……」
父の顔も硬直していた。
どこにも母を預けられない。
家では対応できない。
現実が、突きつけられた。
⸻
夜、帰宅した娘と父はリビングで向かい合った。
父は拳を握りしめ、娘は膝を抱えて座っている。
「どうすりゃええんじゃ……」
父の声は震えていた。
「もう、誰も助けてくれんのか……」
娘は涙を流し、声を絞り出した。
「お母さんを……誰も見てくれない……でも、私たちだけでも無理……!」
言葉にならない悲鳴が、静まり返った部屋に響く。
信頼は、家族の間にも、職員との間にも、もう存在しなかった。
母の帰宅願望と夜間徘徊、暴力。
理想の家族像と現実のギャップ。
その亀裂は、家族の心をじわじわと蝕んでいた。
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深夜、母は施設の居室で、また廊下を歩き回っていた。
「家に帰る……お父さんが待っとる……」
職員が必死に声をかけても、母の心はもう、過去の記憶の中にあった。
娘はその姿を思い浮かべ、泣きながらつぶやいた。
「どうか……どうか、無事でいて……」
現実は、容赦なく家族の前に立ちはだかる。
助けてくれる人も、逃げ場も、もうどこにもない──。




