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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
帰る場所。

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揺れる現場と、突きつけられた現実

夜間の徘徊が続くようになったのは、ある雨の晩だった。

スタッフが交代で巡視していたにもかかわらず、利用者の佐藤さんは、玄関の施錠を器用に外して外へ出てしまった。靴も履かず、雨の中、ずぶ濡れになりながら「家に帰る」と叫んでいた。


「お父さん、お父さん……!」

職員が駆け寄っても、彼女の耳には届かない。目には“現実”ではなく、遠い“昔の家”しか映っていなかった。


それからというもの、夜間の徘徊は常態化し、帰宅願望は日に日に強まった。昼間も落ち着かず、ドアの前に立っては「こんなとこに閉じ込めて!」と怒鳴り散らすようになった。


さらに、職員が声をかけると手を振り上げることも増えた。腕を強くつかまれた職員は、その夜、ナースステーションで小さくつぶやいた。

「……もう限界かもしれない」


家族との面談の席。

施設側は慎重に言葉を選びながらも、現状を伝えざるを得なかった。


「夜間の徘徊が続いていまして……安全面にも限界があります」

「職員がケガをする可能性もありますので、今後の方針を……」


しかし、家族は眉をひそめて言い返した。

「だから施設に預けてるんじゃないですか。夜くらい、ちゃんと見てくれないと困ります」


理想と現実のずれは、亀裂となってテーブルの上に広がっていく。

「うちだって家でみれないからお願いしてるんです!」

「こちらにも受け入れられる限界があるんです」


互いの想いが交差するが、信頼という言葉は、そこにはなかった。

職員の中にも、心の中で「当たり前と思われてる」という疲弊感が蓄積していく。


——そして、次第に職員会議の議題には「退所の検討」という言葉が上がるようになった。

感情ではなく、現場の安全とリスク管理として。


家族の理想と、施設の現実。

誰もが苦しい決断を迫られる夜だった。

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