決断の朝
朝、リビングには重い沈黙が漂っていた。
母の夜間徘徊は続き、家族は疲れ果てている。
美咲は布団に座り、母の写真を見つめた。
「もう、これ以上は危ない……」
声が震える。
父も椅子に座り、手を組む。
「わしらだけでは、母さんを守れんかもしれん……」
直樹がうつむき、言葉を探す。
「施設にお願いするしかないんじゃないか……」
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昼、施設の見学に出かけた。
車中、母は不安そうに窓の外を見つめている。
「どこに行くんよ……?」
美咲は肩を抱き、そっと答える。
「安心して暮らせる場所に行くんよ。誰も置いていかん」
母は小さくうなずくが、目には戸惑いの光があった。
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施設に到着すると、スタッフが笑顔で迎えた。
「こんにちは、○○さん。こちらで安全に過ごせますよ」
母は一瞬、目を大きくして周囲を見回す。
まだ環境の変化に不安があるのがわかる。
美咲と父は、母の手を握る。
その手は温かく、でも少し力なく震えていた。
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入居後、母はゆっくりと施設の部屋を歩き、窓の外を見た。
庭に咲く花、他の入居者の笑顔――
今まで家で守られていたものとは違う、安心の匂いがあった。
美咲は胸をなでおろす。
「これで少しは、夜も安全に過ごせるね」
父は静かにうなずき、目を細めた。
「まだ寂しいが……これが母さんのためじゃ」
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夜、電話で母の様子を確認すると、施設のスタッフが穏やかに報告してくれた。
「初日は少し不安そうでしたが、今は落ち着いています」
美咲は涙をこぼした。
「……よかった。これで母さんも、家族も少し楽になる」
家族はその夜、初めて少しだけ安心して眠ることができた。




