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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
崩れていく日常と、残された願い

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33/74

揺れる日常

夕方、リビングの空気が張り詰めていた。

 母はソファに座ったまま、じっと天井を見上げている。

「帰らにゃ……うち、帰るんよ」


 美咲が声をかける。

「母さん、今日はもう外には行かんで。ごはん食べよう?」

 母は首を振った。

「……ごはん? 誰が作ったん?」

 その目には、混乱と少しの不安が映っていた。



 母は立ち上がり、玄関の方へ歩き出した。

 手すりや家具につかまりながら、ゆっくりと。

「止めて……帰るんよ」


 父が近づく。

「母さん、そんなに慌てんでええじゃろ。家はここじゃ」

 けれど母の手は父の腕を振りほどいた。


 直樹も手を差し伸べる。

「母さん、夜道は危ないよ。誰もついていけんけぇ」

 母は息を荒くして振り返った。

「……ついてきて! あんたらもおるじゃろ!」



 その瞬間、家族の緊張がピークに達した。

 美咲は深呼吸して、母の手をそっと握った。

「母さん、怖いんじゃね? でも、みんなここにおるよ」


 母の手が一瞬止まり、指先が震えた。

 ゆっくりと座り直す。

「……うん、ここにおる」

 その声には、小さな安堵が混じっていた。



 夜、布団の中で母は眠った。

 リビングに戻った父と直樹は、互いに顔を見合わせた。

「……もう、限界かもしれん」

「でも、まだ支えられる」


 その言葉が、重くもあたたかい。

 家族は疲れながらも、まだ手を取り合える。

 母のために、互いに壊れないように支え合うしかなかった。


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