選択の重さ
午後。
居間のテーブルに、ケアマネージャーの杉本さんが座った。
資料とメモがきれいに並んでいる。
「今日は、今後の介護方針についてお話ししましょう」
美咲は深呼吸した。
父も、腕を組みながら沈黙している。
「お母様の夜間徘徊や記憶の混乱は、今後ますます増える可能性があります」
杉本さんの言葉に、父の眉がピクリと動いた。
「……増える? まだ普通に暮らせとるじゃろう」
美咲が少し声を震わせる。
「でも、デイサービスでも不安定になるし、夜は本当に危険なんです。
鍵や見守りカメラをいくら増やしても、完全に防ぐことは難しいです」
父は新聞を広げて顔を伏せた。
直樹が机の下で手を握りしめる。
誰も、簡単には答えを出せなかった。
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「在宅で続ける場合は、夜間対応の訪問介護や見守りサービスを増やすこともできます」
杉本さんは柔らかく提案した。
「でも……施設にお願いする選択肢もあります」
その言葉に、父は顔を上げた。
「施設……か。お前らは、わしらが母を捨てる言うんか」
その声には怒りもあったが、寂しさが滲んでいた。
美咲は涙をこらえた。
「捨てるわけじゃない。母さんが安全で、ちゃんと見てもらえる場所を考えたいだけ」
「……そうかもしれん。けど、家で見守りたい気持ちもある」
部屋に重い沈黙が落ちた。
三人の間には、言葉にならない葛藤が渦巻いていた。
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その夜。
母はいつものように、眠れなかった。
寝室の障子の影が揺れる。
美咲は布団の端からそっと見守る。
「母さん、もうすぐ朝が来るよ」
母は目を開け、かすかに微笑んだ。
「うん……でも、帰りたいんよ」
父は居間でテレビを消し、椅子に沈み込む。
その目に浮かぶのは、愛情と疲労と、どうしようもない現実への無力感。
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家族は皆、まだ答えを出せない。
けれど、目の前にある母の声と笑顔だけは、
確かに受け止めている。




