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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
揺れる日常、支え合う日々

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30/75

柿の木の下で

夜更け。

 母は小さな寝息を立てていた。

 その額には、ほんのり汗がにじんでいる。


 夢を見ているのだろう。

 時折、口の端が動き、

 「おかあさん」とつぶやく声が漏れる。



 ──夢の中。


 夏の終わり、山のふもとの古い家。

 縁側の前には、大きな柿の木があった。

 まだ青い実がいくつも実って、風に揺れている。


 母は、幼い少女の姿になっていた。

 裸足で土を踏みしめながら、家の中をのぞく。


 中では、若い母親が針仕事をしている。

 けれど少女の声は届かない。

 何度呼んでも、母親は振り返らなかった。


 少女はぽつりと呟いた。

 「どうしてうちは、ひとりなん?」


 風が柿の葉を鳴らし、

 陽射しが傾く。



 現実の部屋で、美咲が母の手を握っていた。

 母の指が、まるで何かを探すように動いた。


「母さん……?」


 母は目を開けた。

 焦点の合わない瞳で、美咲の顔を見つめる。


「おかあさん、どこ行ったんじゃろ……」

 その言葉に、美咲の胸が締めつけられた。


 父が静かに近づき、布団を直した。

「昔の夢を見よるんじゃろな」


 直樹が言った。

「寂しかったんだと思うよ。子どものころから」


 部屋の中がしんとする。

 蛍光灯の音がやけに大きく響いた。



 その夜、美咲は眠れなかった。

 母の寝顔を見つめながら、心の中で呟いた。


「母さん……あんたも、ずっと頑張ってたんじゃね」


 柿の木の夢は、

 母が抱えてきた寂しさの記憶だった。

 そしてそれを知った今、家族の誰もが少しだけ優しくなれた。


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