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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
揺れる日常、支え合う日々

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29/74

帰る場所を探して

昼過ぎ、母は静かに家を出た。

 洗濯物を取り込んでいた美咲が気づいたときには、

 玄関のサンダルが一足、なくなっていた。


「母さん!」

 道路に出て、あたりを見渡す。

 日差しがやけにまぶしくて、目がうまく開かない。


 角を曲がった先、白い帽子が見えた。

 母だった。

 まるで、昔から知っている道をたどるように歩いていた。



「母さん! どこ行くの!」

「帰るんよ。あの坂の上の家に」

「坂の上って……どこ?」

「お父さんと暮らしとった家。炊事場の横に柿の木があった」


 美咲の心臓が速くなる。

 その家は、母が少女時代を過ごした古い集落のことだと気づいた。

 車で二十分はかかる場所だ。


「母さん、そこはもう誰もおらんのよ」

「おるよ。お父さんも、お母さんも。

 あんたもおるじゃろ? 小さいときのあんた」


 母の瞳には、遠い昔の光景が映っている。

 美咲にはそれが見えなかった。

 でも、その言葉に抗うこともできなかった。



 父と直樹が駆けつけた。

「母さん、帰ろう。あの家はもう……」

 父の声が震えた。

「もうないんじゃ」


 母は立ち止まった。

 風が吹いて、帽子が飛びそうになる。

「……ない? うちの家が?」

「十年以上前に壊したんじゃ。

 おまえが病気したときに、わしらで見に行ったろ」


 母の顔に、ゆっくりと影が落ちた。

「ほうじゃったかねぇ……。

 でも、うちは帰らにゃいけんと思っとったんよ」


 その声は、まるで幼い子どものようだった。

 直樹はそっと母の肩を抱いた。

「母さん、帰る場所はここにあるけぇ」

「……ここが、うちの家?」

「そう。みんなおるじゃろ」


 母は小さく頷いた。

 その目の奥に、遠い記憶の光がまだ揺れていた。



 その夜、母は穏やかに眠った。

 寝顔は静かで、まるで何十年ぶりに安心したようだった。

 父は寝室のドアを少し開けて、その姿を見つめた。


「……帰る場所、守らにゃいけんな」

 誰に言うでもなく、そう呟いた。


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