揺れる日常家族のイライラ
夜、家は静まり返っていた。だが、母・陽子の心は安らぐことなく、布団の中で落ち着かない。目を閉じても、幼少期の孤独や父の威圧的な記憶、昼間のデイサービスでの不安が次々に蘇る。
「出たい…帰りたい…」小さな声が漏れる。夜間徘徊の予感だ。
直樹は隣の部屋で寝ていたが、母の足音や小さな声に気づき、そっと起きる。
「またか…」胸の中でため息が漏れる。疲労感と、どうしてもイライラしてしまう気持ちが混ざる。
美咲もリビングの灯りを付け、母の様子を確認する。
「また徘徊するの…?」声には優しさがあるが、少し緊張と苛立ちが混ざる。
浩一はソファで新聞を広げていたが、背後で母が歩き回る音に、思わず声を荒げる寸前で止まる。
「もう…何度も同じことを…」心の中でイライラが芽生える。だが、母を叱れば逆効果だと分かっている。
陽子はリビングをふらふら歩きながら、何かを探すように戸棚を開ける。記憶が混乱し、帰宅願望と昔の恐怖が入り混じる瞬間だ。
直樹は母の手をそっと握り、落ち着いた声で話しかける。
「母さん、ここは安全だよ。静かに座っててくれる?」
美咲は母の肩に手を置くが、無言の疲れと苛立ちが背中にのしかかる。
「もう少し、落ち着いてくれれば…」心の中でつぶやく。罪悪感とイライラの混ざった感情が湧き上がる。
浩一は冷静さを保ちながらも、内心でため息をつく。
「夜中に何度も起きるのか…仕事にも影響する…」
でも、目の前の母を守るためには、感情を抑えて寄り添うしかない。
母は一度ソファに腰を下ろすが、すぐに立ち上がり、何かを探すように歩き回る。小さな物音に家族は緊張し、部屋の灯りを控えめにつけて見守る。
直樹は深呼吸し、心の中で自分を落ち着ける。
「イライラしても意味はない。母さんは自分で制御できないんだ。受け止めるしかない」
美咲も同じ気持ちで、母の動きに寄り添いながら、苛立ちを抑える。
浩一は声をかけず、ただ母を見守ることで、少しでも安全を確保する。
夜は長く続く。母の揺れる心は止まらないが、家族が連携して支えることで、家の中の安全と最低限の安心は保たれる。苛立ちや疲労感は消えないが、母を守る責任感がそれを超える。
深夜、母はふと静かになり、ソファに座ったまま遠くを見つめる。
直樹はそっとそばに座り、手を握る。
美咲も膝をつき、肩に手を置く。浩一は少し離れた位置で母を見守る。
揺れる心、苛立ち、疲労——すべてがこの家族の日常。回復はない。でも、支える愛と連携が、夜をなんとか乗り越える力になる。
母の目には不安の残像があるが、家族の存在が微かに安心を与えている。それだけで、揺れ続ける日常の中の小さな希望となるのだった。




