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記憶のかけらと家族のかたち  作者: 櫻木サヱ
揺れる日常、支え合う日々

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デイサービスで揺れる母の心

午前の光が差し込むデイサービス。母・陽子はスタッフに手を引かれながら部屋に入るが、昨日の家庭内の混乱が心の奥に残っている。


「ここは…どこかしら…?」母の小さな声は、戸惑いと不安で震えていた。


直樹は母の手を握り、優しく声をかける。

「大丈夫だよ、母さん。ここは安全な場所だよ」


美咲も母の隣に座り、微笑みながら手を握る。

「怖くなったら手を握っていていいからね」


だが、母の瞳の奥には幼少期の父の威圧的な記憶が映り込む。家で父に叱られた夜、従順でなければならない恐怖——その感覚がデイサービスでのスタッフの声や指示に反応して、無意識に不安を引き起こしている。


陽子は椅子に座ろうとしても体がこわばり、手が震える。小さな声で「怖い…怒られる…」とつぶやく。


スタッフはすぐに察し、活動を中断して静かな部屋に誘導する。

「陽子さん、少しここで休みましょう。焦らなくて大丈夫ですよ」


直樹は母の肩に手を置き、ゆっくり呼吸を合わせながら語りかける。

「母さん、ここでは怒られたりしない。昔のことじゃなく、今は僕らが守るからね」


美咲も母の手を握り、目を見つめて続ける。

「怖い気持ちはそのままでいいよ。私たちが一緒にいるから、安心して」


母は深呼吸をし、少しずつ体の力を抜く。しかし、まだ心の波は完全に穏やかではない。昔の父への恐怖が、目の前の状況に微かに混ざるからだ。


そのとき、デイサービスのスタッフが用意した音楽療法が始まる。やさしいピアノの音が流れると、母の手がそっと動き、目を閉じて音に耳を傾ける。幼少期の孤独な夜とは違い、今は誰かがそばにいる安心が、少しずつ心を解きほぐす。


「音楽に合わせて、ゆっくり呼吸してみよう」スタッフの声に、母は小さくうなずく。直樹も美咲も母の手を握り続け、まるで過去の恐怖を包み込むかのように寄り添う。


時間が経つと、母は微笑むことができた。まだ完全ではないが、幼い頃の父の記憶がもたらす恐怖と現在の安心のバランスを少しだけ取り戻している。


直樹は心の中でつぶやく。

「母さんの記憶は揺れるけど、僕らがいる限り、ここは安全だ。母さんが安心できる時間を少しずつ増やそう」


美咲もそっと言葉を添える。

「怖い記憶は消せないけど、愛で包むことはできるよ」


午後が終わり、家に帰る車の中で母は窓の外を見つめ、静かに息をつく。帰宅願望はまだ残るが、家族の支えと安全な環境が、母の心を少しずつ落ち着かせていた。


家に着くと、母は微笑みながら布団に横たわる。直樹と美咲、浩一はそれぞれそばに座り、母の安らぎを確認する。幼少期の記憶が揺れとして現れても、家族が寄り添うことで、少しずつ安心が積み重なっていくのだった。


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