デイサービスの揺れる午後
午後の日差しが窓から差し込むデイサービス。母・陽子は手芸の続きをしていたが、ふと表情が曇る。
「…ここはどこ?私はなんでここに…?」母の声は小さく、しかし確かに周囲に届く。
直樹はすぐに駆け寄る。
「母さん、大丈夫だよ。ここはデイサービス。スタッフの皆さんと一緒に楽しく過ごす場所だよ」
美咲もそばに座り、手を握る。
「少し不安になるのは当然だよ。ゆっくりでいいからね」
母は一瞬落ち着くが、目は再び遠くを見つめ、手の動きも止まる。スタッフが優しく声をかける。
「陽子さん、手芸は途中で大丈夫です。少しお茶を飲んで落ち着きましょうか」
母はコップを手に取り、ゆっくり飲む。だが、まだ心の中は揺れている。外に出たい気持ち、家に帰りたい気持ち、でもここにいる現実――混乱が入り混じる。
直樹は心の中でつぶやく。
「母さんの不安を無理に消さなくてもいい…でも、支えられる方法を考えよう」
美咲も同意する。
「今日は帰宅願望も強く出てるね。でも私たちがそばにいるから、大丈夫」
スタッフはケアマネに連絡し、母の不安定な状態を共有する。ケアマネは提案する。
「午後は少し静かな活動に切り替えましょう。散歩や手芸ではなく、音楽を聴いたり、簡単な体操で落ち着ける時間を作ります」
浩一はその様子を見て、少しずつ自分の気持ちを整理する。
「…否認しても仕方ないな。母さんが不安になるのは自然なことだ」
母は窓の外の景色を見ながら、家に帰りたい気持ちを漏らす。
「家に帰りたい…でも、ここにいるしかないのよね」
直樹は優しく母の肩に手を置く。
「そうだね。でもここも安全で、母さんが安心できる場所だよ。だから今日は少しだけ一緒に楽しもう」
美咲も笑顔で頷く。
「家に帰るのは後で。まずはここで少しだけ気持ちを落ち着けよう」
午後の静かな時間、母は少しずつ呼吸を整え、手を動かし始める。揺れる心の波は完全には消えないが、家族とスタッフの支えで、小さな安定が戻る瞬間が訪れる。
直樹は心の中で思う。
「母さんの気持ちは揺れる。でも、その揺れを受け止めて、少しずつ安心できる時間を作る。それが僕たちの役目だ」
夕方、家に帰る車の中で母は窓の外をじっと見つめ、再び小さくつぶやく。
「やっぱり家に帰りたい…」
浩一は運転しながらも心の中で決意する。
「家が安心できる場所だってわかってもらえるように、家族で支えていこう」
夜の光に包まれた家に戻ると、母はほっとした表情を見せる。家族の手がそっと母を包み込み、揺れる心を少しずつ落ち着かせていく――今日もまた、小さな絆が積み重なった一日だった。




