デイサービスでの小さな発見
朝の光が窓から差し込むリビング。昨日の夜間徘徊のことが頭をよぎるが、母・陽子はいつも通り朝食の席に座っていた。表情は少し疲れたようにも見えるが、どこか穏やかだ。
「おはよう、母さん。昨夜はよく眠れた?」直樹がそっと尋ねる。
母は首をかしげて微笑む。
「ええ、まあ…寝たと思うわ。ちょっと夢を見たけど」
美咲は母の手を握り、優しくうなずく。
「よかった。今日はデイサービスに行く日ね。楽しめるといいな」
母は少し戸惑った表情を見せる。
「そうね…でも、覚えてるかしら、どこに行くのか」
直樹は小さく息をつき、資料を手に説明する。
「デイサービスだよ。スタッフが優しくて、母さんも楽しく過ごせるはず」
玄関を出ると、空気はひんやりとして心地よい。街路樹の葉がそよぎ、鳥の声が朝の静けさを彩る。母は少し歩くのが不安そうだが、直樹と美咲がそっと手を添える。
デイサービスに着くと、スタッフの笑顔が迎える。母は最初少し戸惑うが、スタッフのやさしい声かけで徐々に落ち着く。
「こんにちは、陽子さん。今日も一緒に楽しみましょうね」
母は小さく微笑む。その表情を見た直樹は、昨日の夜間徘徊のことを思い出す。
「昨日のことは忘れて、今日は楽しもう」心の中でつぶやいた。
午前中のレクリエーションが始まる。母は最初、周りの利用者と距離を置くようにしていたが、スタッフの誘導で徐々に参加する。ボールを使った簡単なゲームで、母は笑顔を見せ、周囲の声に応えて笑う。
直樹と美咲は、その様子を見守りながら胸をなでおろす。母が楽しんでいる――それだけで、少し安心できる瞬間だった。
スタッフが母のそばに座り、小さな発見を伝える。
「陽子さん、昨日の夜のことは少し心配でしたが、今日はこちらで落ち着いていますね。少しずつ環境に慣れていけると思います」
直樹は微笑みながら頷く。
「ありがとうございます。夜間のことも含めて、しっかり見守っていただけると助かります」
午後、母は手作りの工作に挑戦する。手元は少しぎこちないが、色紙やのりを使って小さな飾りを作り上げる。その完成品を見て、母の顔には誇らしげな笑みが広がる。
直樹と美咲は目を見合わせ、ささやかな喜びを共有する。
「小さな発見だけど、母さんが楽しんでる。これも大事なことだね」
帰宅後、母は作った作品を見せながら誇らしげに話す。
「見て、こんなの作ったのよ。昔の私ならもう少し上手にできたかもしれないけど、これも楽しいわ」
浩一は少し戸惑いながらも笑う。
「まあ…楽しめたんならいいだろう」
直樹は心の中で思う。母が楽しめる時間、安心できる環境、それが何よりも大切なのだと。
母の認知症の兆候は否めないが、こうした小さな発見や喜びが、家族全員の支えとなる――それを改めて感じた一日だった。




