家族会議の夜
夜のリビング。蛍光灯のやわらかな光が部屋を満たす中、家族三人と母、そして夫の浩一が円になって座った。今日は、母の今後の生活やデイサービスの利用について話し合う家族会議の日だ。
母・陽子は少し緊張した面持ちで座り、手を膝に置く。
「今日は…どういう話し合いになるのかしら…」小さな声でつぶやく。
直樹は資料を前に、静かに口を開く。
「母さん、最近の混乱や忘れっぽさ、僕たちは少し心配してるんだ。だからデイサービスや介護のこと、みんなで考えたい」
浩一は腕を組み、軽く笑った。
「そんなに大げさなことじゃない。母はまだ大丈夫だろう」
母も、うなずきながら微笑む。
「そうね、私もまだ大丈夫だと思うわ」
直樹の眉がピクリと動く。
「でも今日のデイサービスでも、少し混乱していたじゃないか」
美咲はそっと直樹の手を握る。
「落ち着いて、直樹。母さんは混乱したことを自覚してないだけよ」
浩一は少し苛立った様子で言う。
「そういうことを言うと、母さんが傷つくぞ。大丈夫なんだって」
直樹は小さく息をつき、資料を見つめながら言葉を選ぶ。
「でも、大丈夫かどうかじゃなくて、母さんが安全に過ごせるかどうかが大事なんだ。僕たちは、そのために支えたいだけなんだ」
母は静かに息を吐き、目を伏せる。
「ごめんなさい…みんなを心配させちゃうわね」
美咲が優しく手を握る。
「謝らなくていいの。私たちは母さんを支えたいだけ。怒っているわけじゃない」
浩一も少し表情を和らげる。
「わかった…俺も無理に認めろとは言わない。ただ、子どもたちの気持ちは尊重するよ」
リビングに、静かだが確かな温かさが漂う。意見の食い違いや葛藤はまだ残るが、家族全員が母の安全と幸せを第一に考えているという共通点が見えてきた瞬間だった。
母は微笑み、少し涙ぐんだ。
「ありがとう…みんな、本当にありがとう」
窓の外には夜風が吹き、部屋の中を静かに満たす。
葛藤も苛立ちも、涙も笑いも、すべてが家族の絆を強める糧になっている――
そんなことを、静かな夜の中で家族全員が感じていた。




