冷遇された身代わり花嫁は、継子の不幸を許さない。
愛する婚約者チェスターが、魔獣退治の事故で亡くなった。遺体は魔獣に食い散らかされ、残っていたのは血まみれの上着だったものが一枚だけ。その上着の胸ポケット部分も引き裂かれていたが、彼が子どもの頃から持っていたお守り人形の一部が残っていたことで、チェスターのものだと判別できたらしい。花嫁衣裳に刺繍を施しながら彼の帰還を待っていたダナは、自宅に届いた訃報と血まみれの遺品を抱き悲しみに暮れた。けれど彼女は婚約者の喪に服すことも許されず、政略結婚を命じられることになる。
「だってお姉さまの婚約者、死んじゃったんでしょ。それならちょうどいいじゃない」
「そうだ、売れ残りのお前を娶ってもらえるのだ。感謝して相手に尽くすのだぞ」
もともと腹違いの妹が嫁ぐはずだった王都に住む子持ちの近衛騎士アーヴィング、それがダナの結婚相手だ。先方から望まれていたのは腹違いの妹だが、子持ちの男になど嫁ぎたくはないと妹は嫌がっていた。実家が高位の爵位持ちであること、ダナには既に婚約者がいたこと、ダナの婚約者がダナとの婚約破棄に応じなかったことから妹が婚約相手となっていたが、ダナの結婚がなくなったのであれば大切な妹をこぶつきに嫁がせる必要などない。ダナが嫁げば、家としての繋がりは予定通り行われる。そう判断した父親により、ダナは先方へ確認を入れることもなく輿入れすることになった。
「お初にお目にかかります。どうぞこれからよろしくお願いいたします」
「お前のような女が来るのであれば、やはり結婚などするのではなかったな」
嫁ぎ先にて頭を下げたダナだが、彼女のことを夫となるアーヴィングはつまらなそうに見ていた。彼は前妻との間に一人娘がいる。前妻とは政略結婚だったそうで、夫婦仲は大層冷めきっていたらしい。何やらその頃からアーヴィングには外に愛人がいるだの、秘密の恋人がいるだのという噂があったのだそうだ。
流行り病で妻が亡くなった後はこれ幸いとばかりに、屋敷に戻ることもなかったらしい。とはいえ、前妻が産んだ一人娘はまだ幼い。養育者が必要だ。そのため周囲から再婚をせっつかれた彼は、どうしても再婚する必要があるのならばと美貌で名高いダナの妹を指名していたのだそうだ。確かにダナの妹は、王都に王妃あり、辺境に妹ありと言われるほどの美しさを持っているが、ここまではっきりと外見目当てだったと言われてしまうとダナも謝るより他に何もできなかった。
「勝手に花嫁を代えたのはそちらだ。夫婦として、ともに暮らすつもりはない。だが、この家に嫁いできた以上、それなりに働いてもらう。娘の世話だけをしてくれ。それ以外の仕事はしなくていい」
「承知いたしました。内向きの仕事は、それだけでございますか?」
「なんだ、俺と一緒に夜会に出て妻として周囲をけん制でもするつもりか?」
「滅相もございません。ただ、茶会への参加もすべてお断りするというのは意外だったものですから」
夜会の許可を出さないのは、自分を妻として認めていないからだろう。だが、茶会はどうするのか。特に再婚相手の子どもは娘だったはずだ。女性の場合、茶会は重要な社交になる。その点について尋ねてみれば、アーヴィングは大声で笑い始めた。
「あの娘を連れて社交などできるはずがない。茶会を開いても誰も来ないだろう。だが、もしもお前たち母子を招きたいと思う奇特なご婦人がいるのであれば、茶会に参加しても構わない」
それは笑いではなく、嘲笑だ。嫌な予感を覚えながら、ダナは義理の娘であるステラの元を訪ねた。
***
ステラはアーヴィングの実の娘である。それにもかかわらず彼女は誰からも無視されていた。もちろん、生きるために必要な世話はされている。けれどそれは、死なれては困るから世話をしているのであって、そこに愛情も何も存在していなかった。何かあれば癇癪を起こし、手が付けられない。家庭教師どころか、専属の世話係さえ逃げ出す始末。そのためステラは、彼女の望むままにお菓子を与えられ、ぶくぶくと肥え太っていた。
行儀悪くお菓子を両手に持ったまま、ステラは新しい母親だと紹介されたダナに激しく敵意を向けてきた。どうせ父親目当て、自分は邪魔者なのだろう。そう認識していることを隠しもしないステラに、ダナは胸を痛める。本当は誰よりも愛されるべきなのは彼女だ。彼女が弱弱しく可愛そうな子どもなら、きっと周囲の同情も引けるだろう。けれど彼女は寂しさのあまり、周囲に向かってわがままを言うことしかできない。そんな方法でしか他人の関心を引く術を持たない子どもがあまりにも哀れだった。
「どうしてここに来たの? お父さま狙いの女は、あなた以外にもたくさん来たわ。みんなわたしが追い返してやったけれど」
「私は、父の命でこちらに嫁いでまいりました。本来、この家に嫁いでくるはずだったのは、私ではなく私の妹だったのです。いろいろな兼ね合いで参りましたが、どうぞ仲良くしていただければと思います」
「ふん、なによ。命令されたから来ただけなのね」
憎々し気に自分を見ていたくせに、この家に来たのは命令されたからだと知り、ステラはあからさまにがっかりした様子を見せる。けれどダナはそこで話を続けた。
「嫁いできたのは命令されたからですが、この屋敷に着いてステラさまに会いに来たのは私が決めたことですよ」
「え?」
「せっかく、家族になるのですもの。ご挨拶したいと思ったのです。ステラさまも、急に知らないおとなが家に入ってきて驚いたかと思いますが、私はステラさまのお父上を奪ったりなどいたしません。こんなことを言ってはいけないのですが、実は既に嫌われてしまっております。だから心配しないでも大丈夫ですよ」
「……同じだ」
「え?」
「わたしも、お父さまに嫌われているもの。いても、いなくても、きっとどうだっていいの」
「ステラさま……」
ステラの言葉に、ダナは考え込む。ダナは既に自分の家族のことを見限っている。新しく夫となったひとにも期待などしていない。けれど目の前のステラは違う。彼女はまだ父親の愛情を求めている。子どもは無条件に親の愛を求めるものだ。自分自身の経験からそれがわかっていたからこそ、ダナはステラに寄り添うことを決めた。家族に存在を無視されてきた自分の子ども時代を見ているようで、いてもたってもいられなかったのだ。
「ステラさま、この屋敷は私にとって何もかもが初めてで何もわかりません。私のことを嫌っているひともたくさんいます。だから、怖がりな私のために一緒に過ごしてはくださいませんか?」
「なんでわたしがそんなことしなくちゃいけないの」
「心の中に大切なものがない状態では、身体がぐにゃぐにゃで立っていられないのです。だからステラさまを支えとして立たせてほしいのです」
「杖がないと立てないなんて、おばあちゃんみたい」
「似たようなものですね」
ダナは困ったように肩をすくめてみせた。
「寂しいの?」
「ええ、寂しいです」
「大人の癖に馬鹿じゃないの」
「大人も子どもも、心の中の根っこの部分はきっとあまりかわらないのですよ」
「あっそ、勝手にすれば」
どこにいてもチェスターのことを忘れることなどできない。それでもこのいたいけな子どものためにがむしゃらになっていれば、その間だけは前だけを向いて生きていける気がした。
やがてふたりは少しずつ心を通わせるようになる。意外にも、ダナがステラのために作った小さなお守り人形を、彼女はとても大切にしていた。いつの間にかステラの素行がよくなり、少しずつ痩せて普通の子どもらしくなってくると、アーヴィングはようやく娘の姿が目に入るようになったようだ。機嫌よく、ステラに王女の御学友になることを勧めてきた。父に期待をかけられて嬉しさのあまり目を輝かせたステラは、そのまま週に何度か登城することになったのである。
近衛騎士であるアーヴィングは王妃の護衛を担当している。王城で見かける彼は、屋敷の中で見かける時とは異なり、王妃に対しても王女に対しても、とろけるような甘い笑顔で接していた。その落差にダナは逆に納得していたが、ステラは静かにショックを受けていた。もともとそういう性格であり、誰に対しても厳しいひとだから、娘の自分に対しても甘さを見せることはないのだと信じていたのだろう。けれど、自分などよりもずっと父娘のように、家族のように見える彼らの様子にステラはこらえきれず、ダナに抱き着きほろほろと涙をこぼしたのだった。
一方でダナはアーヴィングと王妃の距離の近さが気になっていた。王妃とダナの妹がどことなく雰囲気が似ていることも。髪の色や、瞳の色、背の高さや丸みを帯びた声にいたるまで。それをすべて承知の上でダナの妹を妻にと望んだのか。妙にひっかかり、疑問を抱かずにはいられなかった。
***
そんなある日のこと、言葉を話す魔獣が王宮にやってきた。知性の高さは魔力の高さに比例する。我が番を出せと要求する魔獣に国王は、王宮の大広間に王女を連れてくるように命令を出した。魔獣襲来の知らせは、王女の過ごす離宮にも届いていた。何せ、とんでもない風と轟音が城を揺らしていたのだ。気が付かない方がおかしい。学友とその保護者としてその日も登城していたダナとステラは、不安がる王女と王妃を必死で慰めていた。
「王妃殿下、王女殿下、ご無事ですか!」
「ああ、アーヴィング!」
「大丈夫です。どうぞ、ご安心ください。おい、お前たち。何をしている。さっさと、服を脱げ!」
何を言っているのかわからずに呆然とするダナに、アーヴィングと付き従っていた近衛たちは剣を突きつけた。
「王妃殿下と王女殿下、それからお前たちの服を交換すると言っているのだ。その働かない脳みそで理解できたのなら、早く脱げ。時間がないのがわからんのか」
どうやらアーヴィングは、ダナとステラを王妃と王女の身代わりにして逃亡を図るつもりらしい。しかもそんな馬鹿なことを実行しようとしている人間が、アーヴィング以外にもいることにダナは眩暈を覚えた。
抵抗すれば殺される。瞬時に理解したステラは、王女と王妃の名誉を守るためだと言って近衛騎士たちに後ろを向かせ、互いの服を交換した。自分の妻や娘は近衛騎士たちの前で裸にすることもためらいなかったが、やはり愛する王妃の肌を男たちに見せることは許せなかったらしい。
その事実に無性に腹立たしさを覚えながら着替え終わると、彼らはステラとダナにおざなりにティアラをかぶせて、隠し通路に入ろうした。その時である。王女がステラの人形を持っていくと騒ぎだしたのだ。お守り人形は普段から身に着けている。普段はドレスの内側の隠しにいれているが、今回はドレスを交換したので人形を取り出したのだ。それを王女は目ざとく見つけてしまったらしい。「欲しい、欲しいの!」という王女の甲高い声が響く中、夫は当たり前のようにステラに人形を差し出すように命令した。
「早く人形を寄こせ!」
「ドレスやアクセサリーならばいざ知らず、お守り人形は脱出には関係ないではありませんか。命まで捧げようという娘から、心の拠り所まで奪う必要がどこにあるのです!」
ステラの人形は、彼女の亡き母のドレスから作られている。大切な形見だったが、保管状態が悪く、虫食いが酷くてドレスとして着ることは難しそうだったのだ。だからこそ、綺麗な部分を切り出して、人形や小物として生まれ変わらせてあげたところだったのに。ステラの母親もさぞ悔しいことだろう。
「ええい、うるさい! 王女殿下がご所望なのだ、喜んで差し出すのが忠臣というものだろう」
「あっ!」
アーヴィングはそんなダナの頬を打ち、人形を取り上げた。ぎゅっとドレスの裾をつかんだステラが、アーヴィングを見上げた。
「お父さまは、わたしのことを愛していましたか?」
「何を言っている?」
「お母さまは? 愛していらっしゃいましたか?」
「馬鹿馬鹿しい。誰がお前たちなどを愛するものか。我が愛ははじめからすべてこちらにおわす御方に捧げている。無価値なお前が王女殿下のお役に立てたのだ。喜ぶといい」
涙をこぼすステラとそれを慰めるダナを一瞥すると、一行は隠し通路から外へと脱出を図ってしまうのだった。ステラは父親が王妃のことを特別に思っていることも、王妃が産んだ王女を大切に思っていることも知っていた。それでも役目を果たしていれば愛されると思っていたのだ。
「あなたのことを守ってあげられなくてごめんなさい」
「ダナのせいじゃない。それに、ちゃんと自分の気持ちを言えたから、もういいの」
「本当に?」
「うん」
自分の気持ちを父親に言えたこと、そしてその父親にばっさりと切り捨てられたことは、悲しくはあったがステラにとっては未練を断ち切る良いきっかけになった。もう、父の愛なんて追いかけない。自分の幸せは、ダナとともにある。
「ダナ母さまって呼んでもいい?」
「ええ、ええ、もちろんよ」
そう言い切ったステラのことを、ダナは優しく抱きしめる。取り上げられてしまった人形の代わりに、今度はステラが布を選んで、一緒に新しい人形を作ろうとダナが提案するとステラも嬉しそうにうなずいた。せっかくならば、お揃いの人形を作ろうか。このまま王妃と王女の振りをしているふたりには、決して訪れるはずのない未来。それでも、あえてふたりは明るい話題だけを選んで話し続ける。
いつまで経っても大広間にやってこない王妃と王女にしびれをきらしたのだろうか、誰かの足音がする。複数の人間が必死で走っているような、そんな靴音だ。そしてステラを守るように強く抱きしめたダナは部屋に駆け込んできた男の姿を見て、静かに涙を流したのだった。
***
ちくちくとダナは人形を縫う。そんなダナのことを後ろからそっと抱きしめた者がいた。それは、死んだはずのダナの婚約者チェスターだ。チェスターはダナの背中にくっついたまま目を閉じる。針を置くダナに、作業はそのままでよいのにとささやいた。布選びを終えたステラは、人形の完成を心待ちにしている。早く作ってやりたかったが、だからといって夫であるチェスターをないがしろにするつもりはない。それに抱き着かれたままで縫物をするのはなかなかに難しい。今夜の針仕事はここまでとなりそうだ。
あの日、離宮にダナとステラを迎えに来たのは死んだはずのチェスターだった。なんと彼は魔獣との戦いで深い傷を負いながらも、一命をとりとめていたのだ。とはいえ意識を取り戻すのに一年近くの歳月がかかったのだという。彼を助けてくれたのは、魔獣の王。国王に直談判にやってきた、あの魔獣だ。
とはいえ魔獣の王が生まれたときには既に、人間の国と魔獣たちは敵対関係にあったのだという。あの戦いの最中に目覚め、自我を持ったらしい。人間の国との関係改善のために騎士である自分を救ったのかと尋ねるチェスターに、魔獣の王は深々と頭を下げた。どうぞ、娘さんを自分にください、幸せにしてみせますから、お義父さんと。
自分に娘はいないと首を振ったチェスターは、清らかな関係のまま離れることになった婚約者のことを思い出す。もしや彼女は既に誰かの元に嫁ぎ、子を産んだのだろうか。だから、魔獣は勘違いをおこしたのだろうか。しかし魔獣の王は、決して己は間違わないと唸り声をあげる。そして、母親はダナ、父親はチェスターなのだと言い張るのである。その上、今、魔獣の王の番となるべき相手は、なぜか王宮にいるらしい。それならば、相手は王女ではないのかというチェスターに、いろいろとじれったくなったらしい魔獣の王は、人間のような先触れなどを出すこともなく、チェスターを背に乗せ、ひとっとびで王宮に乗り込んだのであった。
ところが番であるステラを呼び出してもらうつもりが、言葉が足りなかったせいで王女を要求したことになってしまう。おかげであずかり知らぬところで大騒動が勃発、さらに騒動の余波で番が泣いていると興奮して暴れ始めた。事態の収拾のために魔獣を制御できる番を連れてくることになり、近衛騎士とともに魔獣の王の代理としてチェスターがダナたちの元へと向かうことになったのである。感動の再会の裏にあったのは、なんとも言えないドタバタ劇だった。
そしてチェスターによって大広間に連れていかれたダナとステラだったが、国王を謀った極悪人として、あるいは王妃と王女を誘拐した近衛騎士の連座として処分されることはなかった。何せ国王の前で唸り声をあげて魔力を撒き散らしていた魔獣が嬉々としてステラに尻尾を振ったからだ。
呆然と、大きくてよく見えない、首が痛いと言ったステラのために魔獣は巨大過ぎる大型犬程度にその身を縮めてみせた。さらに、わんちゃんのお嫁さんになるの?と首を傾げれば、獣の姿が好まぬのであれば人型にだってなれると大慌てで麗人の姿になり、必死でアピールしてきたのである。どうやら番と言えど、無理矢理さらっていくということはできないらしい。ステラはまだ幼い。まだ嫁にやるつもりはないとダナがステラの前に立って威嚇すれば、「もちろんだとも義母上」と魔獣の王は恭しく膝を折ったのだった。
そしてチェスターとアーヴィングが異母兄弟であること、さらに王女が国王の子ではなかったことを、魔力を嗅ぎ分けることができる魔獣が伝えたことで事態は急速に収束していく。国王の手配により、チェスターはアーヴィングの財産をそのまま引き継ぐ形で、無事に死者から生者に戻ったのだった。
チェスターが帰ってきてくれて本当によかった。しみじみと喜びを噛みしめていたダナは、先に出来上がっていた小さな人形をチェスターに渡した。胸ポケットにすっぽりと入る程度の小さな人形は、片手だけが古びている。それは、腕だけが帰ってきたお守り人形をお直ししたものだ。昔、王都からチェスターがダナの住む辺境にやってきた時に、ダナの母親がダナとチェスター、両方にお揃いで作ってくれたものだ。
ダナの母親は、東の国の血を引いている。東の国では、母親が子どものためにお守り人形を作り、日頃から身につけておくことで厄災を代わりに引き受けてもらうというしきたりがあるのだという。人形は形代であり、依り代であるのだ。
ダナの妹や王女に取り上げられた人形たちがどうなったのかはわからない。けれど嫌がらせとして燃やしたり、飽きて投げ捨てたりとろくでもない扱いをされているような気がした。ダナの母は、人形を大切に扱わないと怖いことが起きますよと常々口にしていた。それがしつけのために言っていたことなのか、それとも本当に身代わりとして災厄を受け止めていた人形が怒ると大変なことが発生するのかは今となっては確かめようがないだろう。
けれど、事実としてダナを身代わりとしてアーヴィングに差し出した実家の家族はすっかり落ちぶれてしまったし、ステラを身代わりとして魔獣に差し出したアーヴィング、王妃、王女の行方はわからないままだ。妾の子どもだからと辺境に追い出されたチェスターも、貴族の嫡男として返り咲いたし、魔獣の番に選ばれたステラは聖女さまとしてみんなから敬われている。偶然にしては出来過ぎているのかもしれない。
本当にこんな可愛らしい人形が、災厄を引き受けたり、誰かに災厄をもたらしたりすることがあるのだろうか? 首を傾げながら、裁縫道具を片付ける。もしも本当に人形が災厄を引き受けてくれたり、手助けをしてくれたりしたのだとしたら、それは呪いなどではなく、母親が子を想う親心、何より深い愛情なのかもしれない。よく草葉の陰で見守っているなんて話があるが、心配性の親たちは我が子を意外と身近な場所から見守ってくれているのかもしれなかった。蓋を閉める直前、縫いかけの人形が手を振ったような気がした。