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傾国の歌姫、と狐のお話。

作者: のんちゃ

戦国時代初期頃のお話。


語られるのは、人々を魅了する歌声のおなご。

むかしむかし。


ひとりのおなごが居た。小さい体の、ごくありふれた顔立ち。



但し、そのおなごは。何処までも通る歌声を持っていた。



嬉しい事があれば喜びを。

涙する事があれば悲しみを。


歌えば忽ち、人々が集い、鳥や小さき獣達が集い。

その歌に聴き惚れた。



真っ直ぐで心根のおなごは、歌にその優しさを乗せ。

張りのある声は何処まで響き渡り、聴く者を癒した。



名を、こま、と言った。





「おや、とめさん。また今日も、こまちゃんが歌っているのかい?」

「ああ、そうさ。ほら、次の歌が始まった」

「おお、今日もいい歌だぁ。……ふふ、あの子の歌を聴いてると、とてもいい心地で。こっちまで元気になるねえ」



少し離れた所で聴いている村人ふたりも、にこにこと人だかりの方を見る。



「そうさ。皆、あの子の歌が、楽しみなんだ。

見ろ、あそこのお稲荷社の影。

お狐さんが覗いているよ」


「おや、お狐さんまで。ふふ、そうだねえ。お稲荷さんも、きっとお好きなんだろうねえ。なんか、嬉しいねえ」





ある日、こまは、通りがかった侍の目に留まった。



「物珍しいおなごだ、連れて行こう」

忽ち、おなごは連れてゆかれ、侍が仕える、国の大名の元に召し出された。



山間の国の守護大名は、その荒々しさで辺り一体を抑え付け治め。この度、いよいよ隣国へ討って出よう、やがては京へ攻め上ろうと、野心に満ちていた。



そんな中、召し出されたおなご、こま。



「見たところ、その辺に居るおなごと大差ないが。

そんなに良いのか?」


「はっ。人々だけでなく、鳥や栗鼠、兎も集まってくる、摩訶不思議な歌を歌います。

お館様もさぞ、お気に召すかと」



「ならば、今宵の宴で、歌わせてみよ!」

「はっ!!」



答える侍の横で、こまは、ただただ、頭を下げていた。




その夜。



篝火の焚かれた庭には板張りの舞台。

舞台の上には、こまが、ひとり座り、頭を下げていた。





館の中から庭を眺める大名は、盃を手に、品定めするように見つめている。

大名の両側には、大名に仕える家臣達が居並んでいる。



こまは、宴までの間に、煌びやかな金糸の刺繍で、重い朱色の着物、髪を結われジャラジャラと方々から刺し飾られた髪飾り、輝く白さの白粉、艶やかな口元の紅。様々なもので飾られていた。



「ほお。馬子にも衣装とは、正にこの事。ではほれ、歌ってみよ」



戯れに大名がそう告げれば、こまは、すっと立ち。



そして、歌い出す。




「おぉ……」

「これは、また……」



家臣達は感嘆の声を上げた。

大名も、盃を掲げたまま、満足そうに頷く。



篝火に照らされ、華やかに着飾られた歌うおなごは、昼間見たよりも、大層、艶やかに見えた。



夜に響く歌声に、聴き惚れぬ者など、その場には居なかった。




こまが歌い終わると。



家臣達が口々に褒め、どうか今宵私の元に、いいや我の所へと、目の前のおなごを求め始めた。



こまは、すぐに座り、深々と頭を下げる。



尚も迫り、席を立ち近づこうとする家臣も現れ、やんややんやと騒ぎになる中。



「皆の者、黙れ」



大名のひと声で、辺りは静まりかえる。



「誰かそなたらにくれてやると言った」



「ははーっ!!」



一斉にひれ伏す家臣達。



「そのおなごは、わしの元に来るのだ。……わしはもう寝る。支度ができ次第、連れて参れ」


「……はっ」



舞台の上には、黙って深々と頭を下げた、こま。



庭の篝火の向こうの暗がりに、小さな光が二つ、こまを見つめるように光っていた。





大名が寝所で待つ中、やって来たこま。

部屋に入るなり、深々と頭を下げた。



触れようとした大名に、こまが口を開く。


「貴方様の為に、歌わせていただきたいのです」

「ほお。また歌、とな」

「はい。貴方様、だけ、の為に」


大名は、にんまりとして、己の顎髭を撫でた。

他の誰も聞けぬ、己だけ、というのが、気に入ったのだ。



「歌ってみよ」




「はい」




こまが歌う。



子守唄のような、それでいて艶やかな歌は、夢見心地がして。

気がつけば機嫌良く、大名を眠りに誘った。

こまは一晩中、歌い続けた。






翌日、館は朝から慌しかった。

大名は、いよいよ隣国へ向けて出陣するべく、鎧を着込んでいた。



「今朝は、すこぶる体が軽い!これなら幾らでも戦えよう!ははははは!!」



近くでは、こまが、深々と頭を下げていた。



「では、皆の者、出陣じゃあああ!」


「応ーっ!!」



大名の声に、鬨の声をあげる家臣達。






大名の軍は、列を成して道を行く。



家臣団や、村人を寄せ集めた兵、悠々と馬に乗った大名。

こまは、籠に乗せられ、周りを兵で囲まれながら、その列の中に居た。




そんな中。



「お願いします、お殿様!どうか、倅を連れて行かないでくだせえ!」

「今連れてかれたら、稲刈りができねぇです!どうか!」



飛び出して来た村人二人が、道の脇にひれ伏す。



「なんか、聞こえたか?邪魔だ、切り捨てよ」

「はっ」

「そ、そんな!」



にべもなく言った大名、そばの家臣が刀を抜き振り上げる。



その時。



駕籠から、歌声が響いた。

水面に石を落としたように、段々と辺りが鎮まる。





哀しみの歌が、辺り一体に響き渡った。




啜り泣く者。呆然と聞く者。いずれも動きを止め、その歌を聴いていた。刀を振り上げた家臣も、気づけば振り下ろす事なく、刀を下ろしていて。

大名も駕籠の方を向き、じっと聴いている。




やがて、歌が止み。辺りに静寂。




「……皆の者、何をしている、早く行くぞ」




静寂を破ったのは、大名だったのだが。




「もう、我慢ならねえ!」

「ああ!俺たちはここに残るだ!」



寄せ集めの村人兵が、声を上げ始めた。




「何を!いい、歯向かう奴は斬れ!」




大名の命にざわつく家臣。そして、村人兵達も、段々と殺気立つ。




「……あの女の歌のせいか、なら、女も斬り捨てい!」



大名のひと声に、村人兵も、近くに居た村人達も、怒りを現わにした。



「何をするだ?!

あの子を勝手に村から取り上げたのに、殺すだか?!」

「そんなの、おら達が許さねえど!」

「大体、稲刈りの時期にわざわざ、季節外れの兵を出して!それでて、年貢は納めろ言うのだろ?!無理ばっか!もーお、我慢ならねえ!」




「何を言う百姓共が!戦には、勝機というものがあるのだ!おまえ達は、黙って従ってれば良いのだ!」



「いーや!今日という今日は!

皆!侍共をめっためたにするだ!!

あの子の近くの奴は、あの子を守れ!」

「おうーっ!!」





始まる、戦い。



不意を突かれた家臣団はおろおろし、殺気立った村人兵達は、数で侍達を圧倒し。

それでも、互いに多くの兵が倒れ、乱戦となる中。



単身、馬で館に逃げ帰った大名を、村人兵達が鬼の形相で追いかけ。




そんな中。



激しい戦の間を縫って、狐が二匹、道の脇の草むらに降り立ち、茂みの奥へと駆けて行ったという。



内、一匹の狐の、額には、柿の葉が乗っていたそうな。




辺りには、沢山の倒れた兵と。

ぼろぼろになった駕籠が、空っぽになって倒れ、転がっていた。




大名の館から火の手が上がり、滅んだのは、その夜の事である。





暫くの後。


隣国の、そのまた隣国の街道で。




道端で、琵琶を鳴らす、狐面の男。隣で、伸びやかに歌う、狐面のおなご。

その前には、狐面の小さな娘が、くるりと舞っていた。




「おや、旅の芸人かね」

「いい歌だねえ」

「舞も綺麗だなあ」



足を止め、聴き惚れ、見惚れる村人達。




同じ狐面を被っているようで。

実は、三人の内二人は、ほんものの、狐、なのだと。



知っているのは、歌うおなご、ただひとり。



<終>


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