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『70式戦術義体 初実戦記録』

●作戦名:第3防衛戦区 市街封鎖解除作戦

日付:西暦2070年3月17日

場所:旧都港湾地区 第7埠頭〜湾岸道路一帯

状況:

・反政府勢力が港湾地区を占拠し、即席の対戦車障害物と狙撃陣地を設置。

・撤退民間人の退路を封鎖し、港湾施設を拠点化。

・機甲車両3両、重機関銃・RPG・即席IEDによる防衛線を構築。

・陸上国防軍普通科中隊2個分隊が進入を試みるも、狙撃と榴弾により前進阻止。


●作戦概要:

 施設科実験小隊所属の試作戦術義体TFX70・2機を投入し、港湾封鎖の突破と民間人救出を目的とした初の実戦運用。

 随伴は普通科第2小隊(12名)、後方支援として偵察ドローン3機、軽装甲機動車2両。



◆◇◆



 アジア・オセアニア諸国連合――、小国フォルテア共和国にて。


 ババババババ……。


 共和国国営放送局の報道ヘリが、遠方より遥か港湾地区をカメラで捕らえている。

 かつての首都であった都市ノリッチの南方区画の港は、反政府活動を行う『獅子王の冠』麾下の武装勢力によって占拠状態にあった。

 港湾地区で働いていた多くの人々のうち、運の悪かった逃げ遅れの者たちが武装勢力に拉致されて港湾倉庫に閉じ込められており、それを人質として脅迫まがいの声明が政府には届いていた。

 国営放送はヘリからの映像を写しながら、政府からの最新情報を公表する。

 それは、遠く日本から支援の為に海外派遣されてきていた太平洋方面隊第六師団所属の部隊が、今回の事の解決に動き始めているという内容であった。


 ババババババ……。


 国営放送局の報道ヘリが上空を旋回していると、不意に細かな破裂音が港湾地区外縁付近にて発生する。カメラは素早く動いてその場の映像を捉えた。


「……な?!」


 国営放送クルーが驚きの目を向ける。その視線の先に今まで見たことのない存在が奔っていた。


「裕晴、コンテナを盾に……。狙撃来るぞ――」


 第六師団麾下施設科実験小隊所属の真野(まの) 裕晴(ゆうせい)二等陸尉は、全高約6mほどの『骸骨頭の巨人』内部にその身を埋め込んだ状態で、同僚である高瀬(たかせ) 翔伍(しょうご)三等陸曹の言葉を耳の奥で聞いた。それは当然ヘルメット越しじゃない、脳の奥に直接である。戦術義体の神経リンクは、声すら電気信号に変えて彼の意識に流し込んでくる。

 裕晴は片腕で地面に転がっていた青い海運コンテナを掴み上げた。――軽い。いや、軽く感じるだけだ。金属骨格とSNT筋繊維が正しく機能していることを理解する。


 ガンッ、ガンッ、ガンッ!


 ――次の瞬間、金属を叩く甲高い音が響いてきた。

 重機関銃の狙撃がコンテナを貫こうとして跳ね返った音である。その瞬間、センサー表示に真紅の警告が奔った。


 ――距離、三百五十。上階の窓。


 「視界切り替え――、マイクロ波」


 裕晴は基本的光学センサーからマイクロ波センサーへと視覚を変えて、肉眼映像に落としこむ。機体の頭部眼窩が一瞬輝いて機能を正しく発揮してゆく。

 ほぼ身動きの取れない機体内にて、裕晴は熱い息を吐きつつ汗が首筋を伝った。

 センサーが敵狙撃手の動きを捉える――、そのまま片手で20mm小銃を構えて弾丸を放った。

 薬莢が舞い散って、弾丸が目標の居るであろう場所へと吸い込まれてゆく。そのままそこからの狙撃は沈黙し――、彼らを襲う射撃の勢いは小さくなっていった。


「ふう……」


 裕晴が小さくため息を付くと、その機体の足を誰かに叩かれた。下を見ると随伴歩兵たちが裕晴機の足元を走り抜けていくのが見えた。

 見上げるような巨体の膝の間を、仲間達が駆け抜けてゆくのだ。――裕晴は静かに前進しつつ、そのまま彼らの盾役を継続した。


 ジャコン、ジャコン!


 高瀬の機体がビルの角を曲がってゆく。右腕に手にした対戦車手榴弾のピンを引き抜いて投擲する。


 ドンッ!


 周辺施設の窓が割れて破片が飛び散り、さらには敵が設置した機関銃陣地から悲鳴があがった。


 ドンッ、ドンッ!


 高瀬は容赦なく更に二個対戦車手榴弾を陣地へと投げ込んでゆく。

 ――そうして敵の機関銃陣地は完全に沈黙した。


「前進!」


 陣地の沈黙を見届けた裕晴は、コンテナを投げ捨て湾岸道路に飛び出した。――その瞬間、道路の向こうで影が動く。

 そこに多目的120mm滑腔砲塔をもった装甲車両が三両見えた。

 車体が揺れて装輪から煙が上がる。一気に加速した装甲車両が裕晴へと走って距離が縮んでゆく。――そして砲塔が旋回された。

 裕晴は思考より先に、機体の背中に背負った無反動砲を片手で支持して、そのまま肩に担いだ。


 カシャッ、ズドォン!


 無反動砲からロケット弾が飛んで大爆音を生み、そして光と爆煙が満ちる。装甲車両の前面装甲が爆ぜ、炎を吹き出して沈黙した。

 ――残る二両はそれを見ると、慌てて後退してゆく。


「前進!」


 二機の『骸骨頭の巨人』は港湾道路を駆け抜けてゆく。しかし――、


「?」


 前方直近、港湾道路脇の積荷の影に、妙な形の木箱が見えた。裕晴はそれをIEDだと理解する。

 偵察ドローンの警告が頭に響くより先に、裕晴は機体の膝を曲げ、港湾道路の欄干を飛び越える。

 ――全高6mの『骸骨頭の巨人』が、道路脇の2階建てのビルの屋根へと着地した。

 そこの家屋の影にはIEDの設置班が潜んでおり、裕晴機の巨体を見るなり驚きと恐怖の悲鳴を上げた。そのまま裕晴は機体の手でそいつらを薙ぎ払い、そして地面に抑え込んだ。


「民間人、倉庫内! 高瀬、行け!」


 裕晴がそう通信を送ると、高瀬の機体が港湾倉庫へ向かい走ってゆく。鍵がかかって開かない倉庫の鉄扉を、高瀬の機体の腕で強引に開いた。

 友軍の随伴歩兵が倉庫内へと突入してゆく。小さな悲鳴と泣き声があがって――、そして静かになった。

 やがて、十五人の民間人が歩兵たちに護られて出てくる。


「民間人の無事を確認……」


 裕晴は随伴歩兵から送られてくる通信を聞きながら安堵のため息を付く。

 そのまま後退してゆく敵兵士たちへ、その巨体を誇示しながら道路中央に立ち、睨みつけた。

 その全高6mもの『骸骨頭の巨人』が立つだけで、戦場が静まり返った。


「裕晴、終わったぞ」


 高瀬の言葉が脳内に響く。そうして『骸骨頭の巨人』――、70式戦術義体=TFX70の初実戦運用試験は終わりを迎えたのである。


 ババババババ……。


 国営放送報道ヘリが頭上を旋回する。それに向かって高瀬のTFX70は手を振った。


「……」


 裕晴は静かにその機体の手のひらを確認する。

 その初陣は二十分足らずで終わりを告げた。彼の機体の外装には、擦過痕だけが幾つかついているだけである。


 ――胸の奥では鼓動がまだ止まらない。

 初めての実戦。――そして彼は内心確信した。


 ――これは十分実戦で機能する。

 今、戦場に新たな戦術兵器が誕生したのだ……と。



 ◆◇◆



●交戦経過:

05:12 – 港湾地区外縁にて展開完了。70式戦術義体は「裕晴1号機(搭乗者:真野裕晴二等陸曹)」「高瀬2号機(搭乗者:高瀬翔伍三等陸曹)」と呼称。

05:14 – 70式戦術義体先行、建物の陰を利用しつつ前進。裕晴機、片腕で大型コンテナを持ち盾として使用。

05:17 – 敵狙撃手が裕晴機へ断続的な射撃。被弾も機体の機能低下なし。搭乗者は「マイクロ波センサー」に切り替え戦闘継戦、狙撃への対応。

05:19 – 高瀬機、敵重機関銃陣地を対戦車手榴弾にて制圧。

05:23 – 装甲車両が湾岸道路に出現。裕晴機が携行無反動砲で一両を撃破。残る二両は後退。

05:24 – 敵が即席IEDを道路に設置、70式戦術義体の進行を阻止しようとするが、裕晴機が路肩から飛び降り、白兵戦にてIED設置班を制圧。

05:28 – 高瀬機、湾岸倉庫へ強行突撃。鉄扉を素手で引き剥がし、民間人15名を救出。歩兵分隊が護送開始。

05:32 – 敵残存勢力が散発的抵抗。70式戦術義体は無傷で前線維持しつつ、歩兵と連携して港湾地区完全制圧。



●戦果:

・敵戦闘員:戦死8名、捕虜17名

・敵装甲車:撃破1両、鹵獲2両

・民間人救出:計28名

・自軍損害:歩兵軽傷3名、70式戦術義体軽微損傷(柔軟樹脂外装の擦過のみ)



●戦術的評価:

・義体の柔軟性と人型ゆえの狭所機動力は市街戦で極めて有効。

・手持ち武装依存である点は、歩兵の火力運用を拡張する形で相性良好。

・6m級のシルエットは敵に強烈な心理的圧迫を与える。

・弾耐性は従来兵器以上。IEDに対しても高い生存性を確認。



 この初実戦は、戦術義体という兵器カテゴリーが『戦車やIFV(歩兵戦闘車)の代替』ではなく、『歩兵戦術を拡張する“巨兵”』であることを証明した歴史的戦闘とされ、後の人型兵器開発のモデルケースとなった。

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