5話: 変わった?
21時半
時間ピッタリに一階に着いた。
消灯近い時間とあって、人はいない。一人を除いて。
すでに愛花はロビーのソファで座って待っていた。近づくとすぐにこちらの存在に気づき、笑顔を見せた。ゆっくりと両手を後ろ手に組みながら立ち上がった
「ごめん、待った?」
「あ!賢人!遅刻だよ!」
「いや、時間ピッタリだよ。」
「あれ?そっか。」
愛花はいつもの調子で僕は心底安心する。
「それにしても久しぶりだねー。3年くらい会ってなかったよね?」
「そうだね、卒業式にちょっと話したくらいかな。」
「賢人、そのころ全然構ってくれなかったし。別の中学行っちゃうし。」
「ごめん、何も言わずに中学受験しちゃって。」
「言ってくれたら私も・・・・・・でも名光は私には無理かな?」
「難しかったかもね。」
「だね。」
愛花は後ろで組んでいた手を崩すと、こちらに向けた。その両手にはペットボトルのミルクティー。脇の自動販売機で買ったのだろうか。
「はい、これ賢人の分。」
「ありがとう。いくらだった?」
「私のおごり。再会祝いってことで!」
「全然理由になってないよ。まあいっか、次の機会があったらなんでも僕がおごるよ。」
「じゃあ、焼肉でも行く?」
いちいち、愛花は揺さぶってくる。焼肉というチョイスは色気がないとはいえ、デートの約束ともとれる誘いではないか?
愛花の発言には全くもってそんな意味を含んでいないと分かっているが、動揺してしまうのでやめて欲しい。
二人でソファに座り、お揃いのミルクティーを飲みながら話をする。
「それで、何話す?」
「あー、話そらしたー。焼肉おごってよねー。」
どうやら本当に焼肉をおごらないといけないらしい。
「・・・・・・それはそうと、賢人はさ、志保のこと、嫌い?」
珍しく、真剣な表情をして突拍子もない質問を投げかけてきた。
「嫌い、っていうほどあの人のことをまだよく知らない。これが今の正直な気持ちかな。」
「私はねー。大好き。だから賢人と志保が仲良くなってくれたら超うれしい!」
「友達と友達が仲良くなれば全員友達ってかんじ?」
「そう!それ!仲良くなれると思うんだけどなー。二人とも優しいし、なんか似てるし。」
・・・・・・具体的にどこが似てるんだろうか。僕ってあんな冷徹な人間なのか?
「まだ志保のことを知らないだけだと思うよ。でも、賢人と志保がいい人だってことは私が保証する。」
「・・・・・・そっか。」
いい人、か。愛花の記憶の中では僕もいい人でいたのかもしれない。でも、今の僕はどうだろう。昔よりひねくれて、嫌なやつになっている気がする。
「なあ、愛花。僕はさ、もしかしたら・・・・・・今の僕はあの頃の僕とは違うかもしれない。」
「・・・・・・どういうこと?」
愛花は首を傾げてきょとんとしていた。僕はミルクティーを一口、また一口飲んだ。
「3年もあれば人は変わっちゃうってこと。もしかしたら、愛花の知ってる優しかった僕はもういないかも。」
「いるじゃん。賢人はここに。」
「そうじゃなくて。・・・・・・なんというか、今の僕に期待しないほうがいいんじゃないかって。愛花の期待に答えられる自信がないからさ。」
「・・・・・・」
少しの間、愛花は上のほうに目線をやって、考えているようだった。
「うーん。今の賢人はネガティブかも。」
「そう。変わっちゃったんだよ。」
「初めて賢人と話した時もそうだったよ?」
「え?」
「確かに、今の賢人はネガティブだし、なんか自分に自信がないって感じがする。でもさあ、昔の賢人もたまにそうだったし、何も変わってないと思うけどなあ。」
「・・・・・・」
何も変わってない、なんてことはない。ある時点から、僕は確実に変わった。まだ、愛花は分かっていないだけ。
「それに、変わることって何か悪いの?」
「・・・・・・悪い方向に変わったらそりゃ、悪いこともあるでしょ。」
「うーん、少なくとも賢人は悪い方に変わらないけどなあ。賢人は優しいからね。」
「・・・・・・」
愛花は自信たっぷりに賢人を見つめている。僕にはそんな自信がどこから来ているのか、見当もつかない。3年も会っていない同級生のことをなぜそんなに買いかぶることができるのだろうか。
「明日さ、志保と話してみてよ!きっと志保と仲良くなれるから!そしたら、私とコソコソ会わなくても良くなるし!」
「うーん、やるだけやってみるよ。」
そんなこんなで愛花と話し込んでいると、すぐに時間がやってきた。
愛花ともっと話していたい気持ちを抑えて、切り上げる方向に会話を持っていく。
「もうこんな時間か。戻らないとな。」
「あ、賢人!」
「ん?どうした?」
「あのね・・・・・・あの時の話なんだけど・・・・・・」
「あの時・・・・・・?」
「あ、いや、この話は明日にしよっか。長くなっちゃうし。」
「明日も同じ時間、同じ場所でいい?」
自然と明日の約束も取り付けられるとは。ラッキー。
「うん!私はそれで大丈夫。あと、これ!」
愛花はスマホの画面を僕の顔の前に差し出した。
メッセージアプリの友達追加の画面。このQRコードを読み込めば、愛花との連絡がいつでも出来るようになる。
「交換しよ?これでいつでも話せるし!」
「いいの?」
「良くない理由がわかんない!」
どちらかと言うと、志保に怒られないか?という意味で言ったのだが、愛花には伝わらなかったようだ。
僕は自分のスマホをポケットから取り出し、愛花を僕のメッセージアプリの友達欄に追加した。
「よし、じゃあまた明日ね!賢人!」
「うん、また明日。」
愛花はエレベータに乗って、先に部屋に戻っていった。なんとなく、同じエレベータで帰るのを誰かに目撃されると勘ぐられる気がしたので、少し待って部屋に帰ろうと思っていた。
飲み干したミルクティーのペットボトルを自動販売機横のゴミ箱に捨てた。そろそろいいかと思い、エレベータに向かった。
その時、僕は人影に気づいた。柱の後ろに、確かな人の存在があった。
「よう、こんな時間に何してんだ?」
「・・・・・・こっちのセリフですよ。松葉先生。」
松葉幸平。帰ったはずの担当講師。
「急遽、消灯前の見回り頼まれちゃってね。決して盗み聞きなどは。」
「いや、聞いてたでしょ。いつからいたんですか?」
「『ごめん、まった?』のとこから。」
「全部ですよね、それ。この盗聴魔。」
「すまん。面白い話をしていたもんだから、仕事サボって聞き入ってしまった。」
松葉先生は悪びれもせず、正直に盗み聞きを白状してきた。
「当たり前だけど、誰にも話さないから安心しろ。」
「別にいいんですけどね。」
「青山さんにバレるとまずいんだろ?」
「マジで全部聞いてたんすね。」
「ま、人生相談くらいなら乗ってやるから。」
「じゃあ、トラブったらお願いします。」
「おう。今日はもう部屋戻っとけ。」
「はい。」
部屋に戻った僕は、消灯までのわずかの間だったが、厳しい尋問をルームメイトから受けることになった。
22時消灯
寝る準備を整え、布団に入った。今日はなんだか濃い一日だった。
愛花に再会した。話せた。それだけでも大事件だが、志保、松葉先生。不安要素もあった。
明日が楽しみなようで、不安だ。久しぶりにそんな気持ちになった。
今日こそはいい夢が見れるんじゃないかな。と思った。が、人生そう上手くはいかないらしい。