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2話: 記憶の中の少女

 小学校の入学式。長い長い学生生活が始まった日。

 その数日後くらいだっただろうか。彼女、「野田愛花」と初めて出会ったのは。なので、彼女との記憶は9年前にも遡る。

 

 9年前 4月10日

 小学生としての第一歩を踏み出した新入生達は、少しずつ学校に慣れ、ある程度話をする相手が決まってくる。ただ一人、僕は居心地の悪い空気を感じていた。

 いま思い返してみても、当時の自分の人見知り具合と言ったら相当なものだった。クラスメートに声をかけられてもロクな返事もできず、ただただ、首を縦か横に動かしていた。愛想もなく、クラスのみんなにはロボットとでも思われていたんじゃないかな。

 僕はいつものように、1年2組のクラスの扉を開き、廊下側の一番後ろの席に座った。ランドセルから教科書とノートを取り出して机の中にしまう。筆箱を取り出して机の上に置いた。その時だった。ふと、人の気配がした。顔を上げると、席の前で一人の生徒が無言で僕のことをじっと見つめている。窓側の一番前の席の女子だった。

 身長は僕より少し低いくらい。茶色がかった黒髪が肩まで伸びている。二重のクリクリとした目は純粋無垢で、僕とは違い、希望であふれている。

「・・・」

「・・・」

「りゅうざきけんと」

「・・・」

 名前を呼ばれた。

「なんさい?」

「・・・え?」

 さすがに声が出た。予想外すぎる質問をされたので面食らってしまった。

「一年生はみんなおなじ年だよ。」

「へーそうなんだー。」

「・・・」

 変なやつ。正直な第一印象はそんな感じ。

 それでも自然と愛花とは会話ができた。

「けんとは頭よさそうだから、年が上なのかなーって」

「・・・そっか」

「ねーねー、あそぼうよ」

「・・・」

 返事の仕方がわからなかった。

「なにする?鬼ごっこ?」

  構わず愛花は続ける。

「おしゃべりでもいいよ!」

「・・・もう授業始まるよ?」

「そっかー。じゃあ学校終わったら一緒にあそぼ!」

  それからの日々は、流れに身を任せるように愛花のペースに飲まれていった。小学一年生にとっては男女の壁という概念はまだない。愛花とは放課の度に僕の席に集まり、話をしたり、グラウンドに出て鬼ごっこをしたり。当時どんなことを話していたかなんてもう記憶にないが、とにかく楽しくて幸せな時間だったと覚えている。いつしか、自分勝手で天真爛漫な彼女に、僕は恋をしていた。

 そんな愛花に振り回されているうちに、自然とクラスのみんなと話すようになった。朝登校すれば「おはよう」と挨拶をして、帰りには「また明日」と自然に返せるようになった。振り返ってみると、僕が小学校で友達を作り、健全な学校生活を送れるようになったのは彼女のおかげなんだと思う。

 一年生の間はほとんど愛花と一緒にいた気がする。それくらい僕を構ってくれていた。しかし、2年生以降は同じクラスになることはなかったので、会う機会が段々と減っていった。最初は放課のたびに僕のクラスに訪ねてきてはいつもの調子で僕を振り回していたが、お互い自分のクラスの友達ができ、それぞれの友達との時間を優先するようになった。特に高学年になってからは僕のほうが男女を意識するようになり、ちょっと避けていたような気もする。そんなこんなで小学校を卒業した僕は、訳あって私立の中学に行くことが決まり、愛花は公立の中学に進学した。

 理由は多分、些細なことだったと思う。最初に会話を交わしたから。コミュニケーションが苦手な自分に優しく接してくれたから。そんなことでも当時の自分にとっては恋愛感情を抱くには十分だったんだろう。

 小学校で初めてできた気軽に話せる友達。そして初めて恋をした相手。それが僕にとっての「野田愛花」という人物だ。

 

 現在 8月14日

 合宿前日。今日の勉強はここまでにしよう。そう決めてシャープペンシルを筆箱にしまい、ノートを閉じる。勢いよくベッドにダイブする。

 もちろん、頭の中は明日の合宿のことでいっぱいになっていた。期待と不安が半々といったところか。

 違う中学になってからは全く会うことも連絡をとることもなかった。離れてからは愛花のことを思い出すことも少なくなり、今でも恋愛感情があるかと問われたらYESとは言えない。思い出は美化されて残っているものだから。

 3年だ。3年もあれば人は変わってしまう。「あのころの愛花」を期待する僕と、「変わってしまった愛花」がいるのではないかと不安に思う僕が喧嘩している。

 逆に考えれば、愛花からしても3年ぶりの再会になる訳だ。今の僕を見たら、幻滅するんじゃないかな。愛花が知っている「あのころの僕」は多分、人見知りではあったけど、こんなにも嫌なやつじゃなかっただろうからな。

 勉強の疲れもあいまって、思考をめぐらせているうちに意識が遠のいていった。

 

 8月15日 合宿1日目

 僕は8時35分の名古屋駅方面の電車に乗った。集合時間は9時なので、ギリギリ。8時51分に集合場所であるホテルの最寄り駅に到着する。駅からは徒歩5分なので、問題はない。

 駅を出てからは、中学生くらいの人間に目が行ってしまう。あの人も同じ合宿に参加するのかな、と。

 目的地のホテルが見えてきた。思っていたよりも小さいが、小綺麗ではある。40人程の生徒と塾関係者が泊まるということは貸し切りなんだろうな。エントランスには張り紙があり、「高島塾 夏合宿参加者はこちら」と大きく矢印が先の扉を示している。指示通りに扉を開くと、大広間のような部屋だった。すでにほとんどの生徒がそろっているようで、クラスごとに分けられた円卓を囲んで談笑している。

 すぐに始まる最初の説明の準備をしている塾関係者を横目に座席表を確認し、Bクラスの円卓と、一応Eクラスの場所を覚えておく。Bクラスには僕を含めて男子4人、女子4人の計8人の生徒がいる。クラス内の男女で分かれて大部屋に泊まって3日間過ごすらしい。

 Bクラスの円卓にある椅子に腰をかける。さりげなくEクラスの方へ目をやった。それらしき姿はない。もしかしたら、認識できないほど姿が変わってしまったのかもしれないが。

「えー、それでは、今回は高島塾夏合宿に参加していただきありがとうございます。」

 他校舎の塾長だろうか。威厳のある50代くらいの眼鏡をかけたおじさんが話を始めた。

「今日から3日間、有意義な合宿にしましょう。えー、まずスケジュールから確認していきます・・・」

 ぼーっと話を聞いていると、扉が勢いよく開き、会場中の目線が一瞬、一点に集まった。

 見覚えのある姿。何一つ変わっていない。僕の記憶の中にいる「あの少女」だった。

 茶色を含んだボブ?ミディアム?くらいの髪。この世の悪い空気をすべて浄化してしまうのではないかと錯覚するほどの純粋な瞳。背こそあの時より高くなってはいるが、纏っている独特な雰囲気も間違いなく「野田愛花」そのものだ。

「すみません!遅れました!」

 言葉とは裏腹に悪びれた様子は一切ない。司会のおじさんに満面の笑みを送っている。

 扉の近くに立っていた講師らしき女性が少女に小声で声をかけ、席へ誘導する。会場は失笑で溢れていた。気を取り直した司会が話を再開したため、すぐに会場の視線は司会に戻っていた。

 しかし、僕はまだ少女から目が離せなくなっていた。席に着いた少女は同席の生徒と軽く挨拶を交わした後、少しキョロキョロと周りを見渡していた。

 目が合った。確実に少女の目は僕を捉えていた。その瞬間、少女はとても嬉しそうに笑顔を見せた。

 僕は、急いで目をそらした。その笑顔は僕の心の奥底まで貫き、僕を揺らした。鼓動が早い。心臓の音がしっかり聞こえる。顔が熱い。

 

 もう忘れていたはずの恋心がフラッシュバックした。


愛知県では授業と授業の間の休み時間のことを「放課」といいます。

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