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1話: 卑屈な少年

 僕は人と関わることが嫌いだ・・・・・・

 そんなことを思ったのは何度目だろうか。期待しては裏切られ、飽きもせずまた人に期待をする。その繰り返し。

 しかし、我ながら馬鹿馬鹿しいが、まだ懲りてはいないらしい。思いもよらなかった再会によって、僕の感情が、思考が、かき乱されてゆく。

 また僕は、人に期待をしようとしている。


 8月9日、夏休み。

 厳密には、断じて休みなどではない。僕のような高校受験を控えている中学三年生にとっては。夏休みであろうと、少しでも遊んでいる素振りを見せたなら、どこからともなく冷たい視線が飛んでくるだろう。

 受験生のすることといえば、塾へ行く、学校へ行く、家で自習する。あとは、生命を維持するための活動くらいか。今日も例に漏れず、塾に向かうための準備を進めていた。

 家を出ると、夏真っ盛りといった天候が僕を「今日はプール日和のお天気です」とテレビでお天気お姉さんが言っていたことを思い出した。日差しは強く、サウナのような蒸し暑さだ。あとセミがうるさい。たった一歩、玄関の外に足を踏み出しただけだが、「帰りたい」と、本能が頭の中で騒ぎ出している。

 しかし、本能とは裏腹に、足は一歩ずつ、エレベータへ向かっている。理由は単純明快。自分がはみ出し者になるのは、なによりも嫌だからだ。


 10分間、自転車を漕いだ先には、こぢんまりとしたビルがある。雑居ビルと表現すれば想像しやすいだろうな。その二階に僕が通っている塾があるのだ。

  駐輪場に自転車を止め、少々急な階段を上ると、「高島塾 名古屋南校」と書いた看板が立っている。階段を上らないと見えない位置に置いてあるので、意味をなしていないのではないかとも思う。

 「名古屋南校」なので、一応 系列校がいくつかある塾なのだが、そこまでメジャーな塾という訳ではない。地元密着型の個別指導塾といったところだ。講師も大学生のアルバイトが大半だ。大抵、この名古屋西校で大学受験を終えた人が塾に声をかけられ、アルバイトになったのだろう。塾長と講師の大学生達はいつも他愛のない雑談をしていて仲がよさそうに見える。良い言い方をすれば、アットホームな雰囲気なのかもしれない。

 今日は授業が入っていないのだが、受験生らしく自習室を借りて自習をすることにしている。塾の受付カウンターにある自習室使用表に名前と時間を記入する。

 

 「9時12分 竜崎賢人(りゅうざきけんと)

 

 そこまで大きな教室ではないので、自習室とは名ばかりで、気持ちばかりの仕切りが立てられているだけ。授業中の講師の声がはっきりと聞こえてくる。集中できる環境とはほど遠い。

 いつも通りポケットからイヤホンを取り出し、今時はもう誰も使っていないであろう、音楽プレイヤーに有線接続する。

 再生ボタンに指がかかった時だった。肩に人の手の感触を感じた。

 「またイヤホンか?自習するときはやめなっていっただろ。」

  振り向くと、普段授業を担当してくれている松葉先生が怪訝な顔をしてこっちを見ている。

  「自習の時くらいいいじゃないですか。誰にも迷惑かけてないですよ?」

  「いや、一応ルールだから。」

  「じゃあ、そんな変なルールは撤廃したほうがいいですね。」

  「ああ言えばこう言うな君は。」

  仕方がないのでここは折れておこう。

  「あとこれ。」

  松葉先生が冊子のようなものを机に置いた。

  「来週、合宿だろ?」

 机に置かれた冊子には「高島塾 夏合宿」と書かれている。

  忘れていた。いや、忘れようとしていたが正しいかもしれない。8月15日から二泊三日の地獄の合宿。高島塾主催の勉強合宿だ。

  ホテルに高校受験を控えた40人あまりが集められ、勉強漬けの三日間を過ごす。もちろん、塾関係者や他の生徒の目がある中で自由などあるはずがない。まさに地獄。考えうる中で最悪の環境だと思っている。

  当たり前だが、自ら合宿に参加を申し出た訳ではない。母親が半ば強制的に参加用紙を塾長に渡したのだ。

 「今から参加辞退とかって、できないですよね?」

 「できないな。できたとしても参加費用は返ってこないんじゃないか?」

 「いくらでしたっけ。」

 「8万だな。」

 「そこをなんとか。」

 「ならないよ。あきらめて合宿楽しんで来い。」

  冗談じゃない。幽閉されながら勉強をすることのなにが楽しいと言うのだ。

 「同じ受験生たちに囲まれて勉強するのも刺激になるだろ?頑張って来いよ。」

 「刺激が僕を殺すかもしれないですね。」

 「相変わらずネガティブだなー。友達とか合宿来ないの?」

 「高島塾に知り合いなんていませんよ。」

  知り合いがいないから、この塾に通っているが正しい。

 「別の校舎からも生徒は来るし、一人くらい知ってるだろ。」

 「そもそも、友達なんていないんですよ。」

 「じゃあこの合宿で作るんだな。」

  憎たらしい顔で松葉先生は笑っている。合宿の冊子の表紙には笑顔いっぱいの中学生が机に向かっている姿が印刷されている。いかにも「勉強しようぜ!」と訴えているように感じて腹が立つ。

 1ページずつめくっていくと、スケジュールや注意事項、カリキュラムなど、今から憂鬱になるような情報しか載っていない。

 めくっていくと、あるページで手が止まった。何やら規則正しく大量の人名が書かれている。合宿でのクラス分けだ。僕はBクラスの欄に名前が載っている。

 「惜しかったな。竜崎。」

 「え?なにがですか?」

 「聞いてないのかよ。クラス分けはAからEで学力順らしいぞ。Bってことは上から2番目ってことだな。」

 「差別ですか?」

 「区別だよ。学力のレベルが離れた子たちを一緒のクラスにすると講師的にも生徒的にも不都合があるだろ。」

 「はあ。そういうもんですか。」

 「で、知り合いはいなかったか?」

 冊子に目を戻す。とりあえず同じBクラスには知らない名前しかない。Cもいない。Dもいない。まあ、居るわけないなと思いつつ、Eクラスに目を移す。

 何気なく目に入った文字を認識した瞬間、僕の頭の中に言葉では表現できない感情と思い出が駆け巡った。

 

 「野田愛花(のだあいか)

 

 恐らく、一生忘れることはないその名前。僕のまだ短い人生の中で唯一、好意持った女の子。

 それは、竜崎賢人の初恋相手の名前だった。

この作品が初めての作品になります。もし興味を持っていただけたのならうれしい限りです。拙い作品ですが、よろしくお願いします。

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