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梟と千年龍

作品紹介

作者が夢で見た話で印象のある作品の一つ。

古代〜近代の時間軸で、舞台は日本をベースにしています。


 はるかむかし、龍神の加護を受けていた村がありました。ある年大雨が降り、池が決壊しそうになった時。龍神は仕えていた娘に村を護る力と神使の梟を与え自身の身と引き換えに村を救いました。娘は嘆き悲しみました。その後、病気や怪我に苦しむ村人を娘は龍神の力で癒し村人は娘を龍神の巫女として崇め、大切にしました。それから巫女は歳を取らず、生き神として扱われるようになりました。

 それから数百年経ったある日。村に災いが襲いかかります。疫病が流行り始めたのです。どこからともなく蔓延していきました。龍神の願いを叶えるため、巫女は授かった力と自身の命を使い、村全体を清め村人を救いました。しかし、力を使い果たした巫女は桜吹雪となって天に昇りました。それはまるで桜色の龍のようでした。

 それから毎年、桜が咲く時期に祭りが行われるようになりました。そして村は元の平和な日々が続きましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 

「ねぇね、梟はどこにいったの?」

「え?フクロウ…?洞窟にあるお堂に住んでいるという話があるけれど…きっと私たちを今も見守ってくれているのよ。龍神様のお使いなのだから。」

「そうなんだ…。」

 ねぇねはそう教えてくれた。でもわたしにはまだ生きているのではと思った。幼いわたしに読み聞かせを終えると、ねぇねは薪割りへ戻って行った。

 外に出ると青い空が広がっていた。太陽の日差しが暖かい。もうすぐ桜が満開になる。

 12度目の春。そして祭りの季節だ。今年も舞姫として祭事に出る事が決まっていた。

 春生まれの女子は舞姫として踊る事が義務とされている。噂では、次の巫女を決めるための選抜があるとかないとか。そんな噂を信じる村人もそうだが、わたしはいつか巫女様に会ったら問うてみたい。

「貴女は龍神を…」

「ひより!なにぼさっとしてるんだい!海に行って貝でも拾ってきな!」

 叔母に怒鳴られ、籠を持ち一目散に海へ駆けた。

 碧い海は静かな波音を立てている。岩場の方に向かうと数人の子供達がいた。木の枝を拾い、岩場を覗き込む。小さいがカニがいる。枝をうまく差し込み何とかカニを捕まえた。

 すると、賑やかな声が聞こえてきた。

 どうやら良いものを取れたらしい。カニを数匹取ったあと砂浜に移動し、貝拾いを始めた。深めに穴を掘ると大きめの貝が埋まっているため、根気よく砂をかき分けていく。今回はあたりが良かったからか大量に取れた。

 ふと、村がある反対方向の崖近くに目が行った。痩身の男?が見たことのない服を着て立っていた。なにやら焚き火をしているような様子。気になったのでおそれおそる近づいてみる。

「何をしているのですか?」

 話しかけると、男は答えた。

「塩を作っています。」

「塩?」

 よくみると鍋に火をかけて水を煮ていた。これで塩ができるのだろうか?

「この作り方は先代巫女様から教えていただいたものです。時間はかかりますが市販品より綺麗なものが作れます。」

 見たことのない作り方だ。ちらっと男の顔を見てみる。白髪の長髪を一本結い。そして声が低い。しかしよく通る声をしていた。

 どこかで聞いたことある声?の気がした。いつ聞いたっけ…というか会ったことあったかな…この人。

「あなたの名前は?私はひより。」

「わたしの名は…ふくろう、と申します。お堂で龍神様に仕えている者です。」

 先ほど聞いた昔話と同じ名前。

「梟は、龍神様の神使なの?ずっとこの村にいるの?」

「そう、ですね。拾われてからずっと恩を返すべくここでお仕えしています。」

「そうなんだ。いつか約束を果たせると良いね。」

「ひより、あなた春生まれですか?」

「そうだよ。今年も舞姫として踊るんだ〜。あ!その時に会えるかな?楽しみだなぁ。そろそろ帰らないと怒られるから…じゃあまたね!」

 少女は村の方へ帰って行った。約束のことを知っていた、齢十二となる童。兆しはないが、おそらくそうなのだろう。

 

 石の上に根付いた桜は今年で十二年目。先代…二代目巫女が初代巫女と同じように村を救うべく残りの生命を賭し、桜となって散ったあの日から芽吹いたいのち。

 あの子は三代目、そして最後の巫女なのだろう。まだ自覚はないが近いうちに思い出すはずだ。かつての約束の記憶とこの梟を。村で起きた出来事と救いようのない愚かさを。それでもまだ救いたいと言うのなら、私はどこまでもお仕えし、お支えするのみ。

 近代化が始まったこの世界で彼女たちが残したモノを貴方には見極めて欲しい。

 

「あら、早かったのね。」

 薪割りを終えて、洗濯をしているねぇねに話しかけられた。

「うん。今日は色々取れたよ。」

 籠の中を見せると、ねぇねは驚いていた。

「たくさん取ったのね、よおし!美味しいもの作るわよ。」

「やった!楽しみにしてるね。」

 ねぇねはとても優しく、妹のように接してくれるが、私はこの家の者ではない。両親を流行病で亡くしその後すぐわたしを引き取ってくれたのは叔母一家であったとか。

「あ!ひよりちゃん、今ちょっといい?」

 話しかけてきたのは近所の幼馴染、つゆちゃんだ。

「どうしたの?舞姫の話?」

「そうそう!実は…。」

 今年の祭りで巫女を決める、というのがほぼ決定しており、祭事が決められてきている、同時進行で神事を行うことも決まった、とのことだった。

「今年も綺麗なおべべ着られるの楽しみだね!一緒にお稽古頑張ろうね!」

 つゆちゃんは手を振りながら帰って行った。

 お稽古、ねぇ。あんなの一回で覚えてしまえるからなあ。習いに行くの退屈なんだよなぁ、と思いながらふと、洞窟のことを思い出した。お堂、見たことないな。…少し覗きに行くくらいなら夕方に間に合うだろうし、行ってみようかな。

 そうしたらまた梟に会えるかもしれない。少し聞きたいこともあるし。何より村の守り神である龍神様のお堂にすら行った事がないなど前代未聞なのでは?

 

 洞窟は海の反対側に位置し、山の入り口と滝の近くにあり、洞窟自体少し細いが、入ってみるとかなり広くなっており歩きやすい。しっとりとした湿度。ひんやりとした空気。道に沿って灯が点々と付いている。

 足音が反響するたび、少しだけ怖さが襲ってくる。滴り落ちる水の音と風の音が不気味さを出しているからだ。そしてあちこちに水溜りがあるため決して足元は良いとは言えなかった。

 道なりに歩いて行くと建物が見えてきた。あれがお堂と呼ばれるものなのだろうか?木造で少し古い印象の建物。入り口の上には''龍神''と書かれている。

 ふと、近くから流水音がすることに気が付いた。音の方へ行くと水がこんこんと湧き出ている。おそらくこれを飲み水として使っているのだろう。

 今の時期は雪解け水のおかげで水が多いこともあり、農作物が育ちやすい。また夏でも井戸や川が枯れる事がない為周辺の村に比べてとても豊かな地になっている。

 その時何か見えた。

 碧い春の海。空と平行線のように続く青。

 遠く彼方から見える景色は……。

 はっ、と我に帰った。記憶…人々が賑わう記憶…?

 知らない服装に知らない髪型。現在とは違う生活圏。

 知らない、こんな記憶知らない!…なんで、こんな、こと、知ってるの?

 わたしは…だれ?わたしは…なに?

 混乱し、謎の違和感の重圧に押しつぶされそうになったその時。

「大丈夫ですか。」

 後ろから声がした。振り返ると梟がいた。

「青ざめた顔をしています。具合が悪いのですか?…良ければ中で休まれては。」

 そう言うと彼はお堂の中に入って行った。気になるのでそのまま後をついていく。

 わたし、そんなに酷い顔してたのかな…。確かにあの光景には驚いた…けれど。あれは一体何なの?…記憶?

 お堂の中に入ると、奥に祭壇があるのがわかった。龍を模った置物と小さな鏡、酒ますなどが置いてあった。

「久々に誰かがここに来るので龍神様もお喜びのはず。少し休憩して村に帰ると良いでしょう。」

「あ、りがとう。」

 なぜか落ち着く。木のにおいとかすかに聞こえる水の音。あの村にはない心地よさ。

「梟はいつまでここに居るの?」

 つい聞きたくなった。

「龍神様がこの村を守り続ける限り私はここにおります。いつか龍神様がこの場を離れられたなら、わたくしもついてゆくのみ。命尽きるまでお供いたします。」

 熱心にどこまでも着いていきます!を聞かせられてとても強い意志を感じた。

 にしても龍神が居なくなるまで、か。

「龍神様はまだここに居るの?」

「はい。次の巫女が龍神様の力を受け継いでいますので。ですがそれも最後になるでしょう。村自体もう限界なのですから。」

 なんか今、さらっと凄まじいこと言ったよね?

「え?村滅びるの?」

「はい。いつかわかりませんが必ず滅びます。」

「必ず?」

「はい。」

「そっかぁ。じゃあ選ばれても最後の巫女なんだね。…梟には誰が巫女かわかるの?」

 少し黙った後、彼は言った。

「分かりますとも。先日、見つけましたから。」

「だったら、みんなの前で言えば良いんじゃない?龍神の神使なら誰も口出しできないよね?」

「それはできません。そもそも村人はわたしを神使とは思っていない。''龍神''の存在自体もはや大昔のことだと思っている。村を救った龍神様の正しい話を受け継ぐことを辞めた時点で村の滅びは確定しています。」

 そ、そうなんだ。正しい昔話とやらがどのようなものなのか気になるけれど。

「最後の巫女様に早く会えると良いね。」

 それしか言えなかった。わたしたちが死ぬまでに村がなくならなければまたそれで良いと思った。

 だって人間は自分が良ければいい生き物なのだし。わたしもその一人だ。

 まあでも。もし叶うなら。災でない廃村を望みたい。

「そうですね。早くお迎えし、お仕えしたいものです。」

 

 桜の満開になるその日、祭りが行われる。先代巫女が去って十三年目の春に次の巫女が覚醒する。貴女に多くの選択肢を残せるように務めなければ。幼い貴女の為に…。今もなお誰かを助けようとしているあなたを。どこまでも心優しい水の化身と人間の巫女の意志を受け継ぐあなただけは護らねば。

「巫女様、か。踊り子の中にいるんだろうけど…だれだろ…つゆちゃんか村長の娘とかかな。」

「その日にわかります、焦らずとも。但し、龍神の寿命は千年。長い時を耐え、誰かの為に己が犠牲を払うものでなければ巫女には選ばれないでしょう。」

「…自分の命を犠牲にしてまで…?そんな人どこいもいないんじゃないかな…。だってみんな今を必死で生きてる。」

「出過ぎたことを申しました。わたくしの戯言などお忘れください。さあ、お茶ができました。」

 梟はそう言うとお茶と菓子を出して勧めてきた。

「…いただきます。」

 熱めのお茶はとても香りが良かった。

 

 だが、それからの記憶はもうないのである。目が覚めるとそこは見慣れた家に居た。外を見ると真っ暗、星空だけが美しく輝いている。夜風は肌寒いがふと、舞をしてみたくなった。

 右から左へ廻りながら移動し、その場で一度しゃがむ。顔を覆い、立ち上がりながら左腕を横へ…。

 習った通り舞う。だけど。なぜか行業しくてあまり好きではなかった。

 桜の下で踊るならいっそうのこと楽しく踊った方がいいと思う。この村が護られるように。

 月のない夜空へ手を伸ばした時だった。

 -最後の巫女よ、村はもうじき寿命を迎える。よく持った方だ。私の望んだ平穏を護った巫女たち。あの時力を分けて良かった。最愛の巫女よ、この村に再び来てくれてありがとう。あとはそなたの思うように生きよ-

 美しくも寂しそうな声が風と共にやってきた。そして海の向こうへと消えていく。

 わたしは、巫女だったのだろうか。素性も知らぬ小娘がこの村の希望となっても良いのだろうか。しかし、龍神の声が聞こえたところで村人には言えまい。わたしが巫女であったなどと。

 よく考えれば前の年からおかしかった。知らはずもない舞を覚えていたり、知らない景色を夢で見たり、文字が読めるなんてあり得ない話なのだ。ここは田舎の漁村。誰も文字なんて読めない。

「わたし、最後の巫女か。この村の為に何かできるなんて…何にもできないよぉ…。」

 しゃがみ込んだ。そう、わたしは何もできない。不思議な力なんて持ってない。

 頭を撫でられた気がして顔を上げた。

 山際が明るくなってきた。もう直ぐ夜が明ける。

「お迎えにあがりました。最後の巫女。我が主人、龍神の声を聞き届けし桜命。これからはあなたの生きたいようにすれば良いのです。私がお側におります。」

 梟は上等な衣服を着ていた。まるで別人のように見える。

「ここが滅びるまで見守りたい。わたしは命尽きるまでここに居たい。それまで一緒にいてくれる?」

「勿論です。もう、あなた方はわたしの希望なのですから。」

「でもね、わたし、力なんて持ってない。何にもできない。そんなのでも巫女は務まるのかなぁ…。」

 涙が止まらない。視界がぼやける。

「そんなことはございません。龍神に祈るのです。その清らかな心で祈れば我が主人は力を貸してくださいます。」

 温かな陽が登り始めた。二人の神々しさはまるで新たな時代の到来のようであった。

 しばらくしてようやく落ち着いてきた。

「じゃあ、また後で。今日は祭りの日。舞姫の支度もあるし、会えるの楽しみにしてるよ!」

 

 いつもの笑顔で手を振りながら彼女は家へ走って行った。

 ようやく迎えた巫女を失いたくない。企んでいる村人を炙り出し、今日で巫女の平穏な日々を取り戻してみせる。わたくしにできるのはここまでだ。もしかしたらわたしが先にいなくなるかもしれないが…。そうなったら巫女様に直ぐ謝ろう。あなたを助ける為なのだと、納得してもらおう。

 両の手に収まるほどの石に根付いた十三年目の桜を取り出し、崖の上へ埋めた。これからこの桜が新たな道標。きっと天からでも良く見えるはず。美しいこの桜の花が舞うところが…。

 すっかり朝日がのぼり、祭りの準備が始まろうとしていた。

 

 崖の上は桜の木でほぼ埋め尽くされている。通称、桜の丘と呼ばれていた。景色が良いためいつも宴会といえばこの場所を使っていた。

 しかし、裏の顔もあった。ここは刑場でもあったのだ。鋭い岩肌、崖の高さから落ちたら確実…の仕様の為、古来より罪人の刑場として使われてきた。罪人であれ亡くなったものの魂を弔う意味も込めて、祭りが行われてきたのも事実。

 舞は祝いと鎮魂を龍神様にみせるものであった。そして、新たなる巫女が選ばれた際には、より良く龍神に巫女を見せる為にここで神事も行われていた。

 祭りは昼前に始まる。ほとんどの村人で賑わう中、一人海を眺める少女。

「わたしが巫女…最後の…。」

 夢の中で見た景色が頭をよぎる。海の向こうに広がる大地。たくさんの人。碧い海はとても広く、どこまでも続いている…ように見える。いつか行けるだろうか。あの海の向こうへ。

「舞姫たち〜!そろそろ集まって!」

 お呼びがかかった。急いで集まる。今年の舞姫たちは十六人。皆年齢が三歳違うくらいの幼馴染ばかり。

「今回で新たな巫女を選ぶんでしょ?誰になるんだろう〜?」

「というか巫女って誰が決めるの?」

「さすがに今回ばかりは天啓が降りなかったら村長の娘じゃない?」

「どうなるんだろうねぇ。」

 皆やはり、誰が巫女になるのが気になるらしい。神使より告げられたのはわたしなんですけどね。…天啓もしかして龍神の声が、あの聞こえた声が天啓なのだろうか。…そうだとしたらしくったなぁ。まずい。実は朝方に聞いたんですよぉ〜なぁんて今更言えないわ、どうしよ。

 あれこれ考えているうちに演奏が始まってしまった。

 順番に並び、舞おうとした時、村長の隣に梟がいるのに気がついた。顔が見えないように布をつけている。するとコチラを見てきた。なんとなく微笑まれた気がする。気を取り直し、舞に集中する。

「おや、宮司殿、気になる舞姫でもおられましたかな?」

 村長は隣の''宮司''に酒を勧めながら問うた。

「ええ。今年はこの村に巫女が選ばれる縁起の良い日。舞姫の中に神託のあったの巫女が居ることに安心したのです、村長殿。」

 そう言うと宮司は酒を飲み干した。

「今年もよく晴れてよかったですわい。ところで…どの子が巫女様なのですかな?」

「村長殿。それはいけません。舞が終わった後に使命なのですから。これは絶対なのですよ。」

 何やら村長と話している様子に気になって仕方ないひよりはそわそわしていた。

 えっ、何!?何の話してるの!?

 この間会った時とは違う、優雅な立ち振る舞いの梟に驚きつつもこの舞が終わったらどうなるのか心配で仕方なかった。

「ところで…あの紫の童はどちらのお子か。」

「!あれは我が娘の、かよと申します。えぇ。」

 急ににこにこし始める村長。

「ふむ。一人だけ色が違う。そして紫の衣…か。」

「どうか…なさいましたか…?」

「いいえ、独り言にて。」

 紫の衣は我が主人たる龍神様の基本色としているもの。それを巫女ではない者に着せるなど。わかっていてやっているのか偶然か。この親は我が娘が巫女に選ばれると信じて疑わぬ、と来た。少々分からせねばなるまい。

 そろそろ舞が終わる。そして悪事を暴く時。巫女はその罪を許すのだろうか。わたくしなら、きっと許さないだろう。

「これより信託の儀を行う。宮司殿、どうぞ前へ。」

 会場がざわめいてくる。皆誰が選ばれるのかそれほど気になるのだろう。

「このような良き日に催事ができ、龍神様もお喜びであると思われる。それでは早速巫女の選定を始める。」

 宮司は三方を持つと舞姫たちの方に向かって歩き出す。

 ゆっくりと近づいてくる。わたしの方に。心の臓の音が直ぐそこに聞こえてくる。

「あなたが本日より龍神に使える巫女殿です。」

 大きな影が目の前に立つ。彼は、梟はわたしの目の前でかがみ、三方を差し出した。見てみると翠の石の付いた首飾りが入っている。

「え?あの子が?」

「まさかのあの子?違うと思っていた」

 様々な声が聞こえる中、ひとり大声をあげる者がいた。

「なっ、何かの間違いだ!これが巫女なわけ選ばれるなんぞっ!」

「そうは申されても。今朝方神託によりこちらの巫女殿がわたくしと共に龍神様のお声を頂戴しております。」

「そ、そんな馬鹿なっ、何かの間違いだ、巫女なら私の娘、そうこの子がっ!」

 何とも醜いことか。人間は愚かであるとわたくしも重々承知していたが…ここまで重症とは、さすがに呆れますね?

「たかが人間の喚き一つで信託が変わるとでも?干渉が過ぎますよ、村長殿。」

 そちらで揉めている間に、そおっと首飾りを手に取ってみた。翠の石は陽に当てると光が透けて綺麗だった。石に触ってみると、ふわりと何かが身体を覆ってゆく。薄い光の膜が、わたしを覆ってゆく。

 でも、誰にも見えていないようで、隣の子は気にしていない。これが、龍神様の力なのだろうか。優しい温かな光。

 

「ええい、何の根拠でその娘を巫女とするのだ!証拠などないわ!」

 とうとう怒り狂った村長が宮司に荒い言葉で言い放つ。

「証拠、ですか。ではそれを後程皆様の前でお見せしましょう。…でも、その前に。せっかくの機会です。先にこの村の穢れと罪人を綺麗にしてから、ね。」

 会場はますますざわめいてゆく。

「さあて。村長あなたには罪があります、そうですね?」

「…し、知らぬ!わしはそんな事、」

「嘘はいけません。ここはもう神聖な場所。汚してはなりません。罪を覚えてはないのですか?十三年前の重罪を。」

「なっ、そんなものっ…!っ!!!」

 十三年前?私が生まれたあたりの話?

「思い出したようで。あなたが犯した罪、それはとある一家に火を放った事です。村人には流行病を持ち込んだ、という理由で皆寝静まった夜中に火を放った。何と言う自分勝手な罪なのでしょう。」

「あれは流行病じゃなかったの?」

「でも確かに赤いものができた者がいるって話だったよね?」

「あれは助かる病でした。実際今も生きている。ねぇ、ひよりさん。最後の巫女よ。」

 え?わた、し?

「う、うそだっ!一人残らず…」

「一人残らず、なんですか?殺めたと?」

「くっ……あいつらは元々この村のものじゃなかった。巫女がいなくなって、神の声を聞き届ける一族がいると聞いて招いた者。だが!あいつらは言った。生まれたこの子が次の巫女になるのだと!生まれた時に竜神の祝福があったのだと言いやがったんだ!」

 かあさまの、話、初めて聞いた…。元々わたしたちは神の声を聞き届けられる一族だったんだ。

「己が欲のために人を殺めるなぞよくもしてくれたな!巫女の家族をよくも!」

「ええいうるさいわ!衛兵!あやつを捉えるのだ、高そうな衣服を剥ぎ取り、その面を晒してやれ!」

 梟は真実を告げているだけなのに、なんで村のみんなはこの人を捕まえようとするの?

 ふと悟った。ああ、そうか。みんな知ってたんだ。私が巫女だって。村出身じゃないから、よそ者だから殺そうとしたんだ。

 事実、先代巫女は村出身であった。

 捕まる梟。何もできないわたし。どうしようこのままだと、あのひとは…梟死んじゃうかもしれない…!そしてその後私も…。

「どれどれ、どんな面か…おまえ、洞窟に住む妖魔かっ!我ら村人を謀ったな!」

 まって梟って妖魔扱いだったの???

「あの妖魔の話は本当だったの!?」

「恐ろしい化け物がいたのは本当だったのか!?」

「ひとの皮を被った化物はこいつだったのか!」

 一気に殺意と悪意が丘を包み込んでゆく。

 きみが悪い、気持ち悪い…。

「吊し上げろ!そしてここから突き落とせ!妖魔を退治したとなれば竜神様も喜ぶだろう!」

 服を剥ぎ取られ、縄と棒に括り付けられてゆく。

 どうしよう、私どうしたらいいの。やめて、そんなことしないで、優しい彼をそんな目に合わせないでっ!

 男たちの手際の良さもあり、あっという間に崖ギリギリに連れてゆかれる。

「これで代々お前の事を見なかったふりをしてきたのも今日までだ。何をしていたのかいちいち確認せにゃならんかったのが無くなると思うとせいせいするわい。これで妖魔とはおさらばだ。」

 時間がない、早く行かなきゃ。落とされてしまう前に。私が、助けなきゃ!

 後数歩足りない。もう彼は落とされる寸前である。

「梟〜!!わたしの側にいて!!!」

 思い切り叫びながら、彼に飛びついた。

 もう離したくない。選ばれてしまったわたしの運命を否定したくない。彼と、共に行きたい。

 崖から落ちてゆく。

「どうしようこのままだと死んじゃうよお!!!」

「強く願うのです。力を授かったでしょう?」

 強く願った。梟が美しい姿になる様に。

 そうして二人は海へと消えていった。落ちた音が浜に重く響く。そのあとはただ静寂が訪れた。

 春の海の中は流石に冷たかった。身動きのできない梟の縄を解こうとした時。彼は首を横に振った。そして

「もう一度願って。」

 と伝えてきた。

 梟が美しい姿になって天を飛びます様に!

 淡い光は二人を包んだ。

 

 その頃丘では。

「宮司の処理どうすんだよ!なぁ村長!」

 などと皆で揉めていた、ところに光の柱とズドーンという轟音と共に水飛沫が上がった。光の柱は天に一直線に上がっている。

 飛沫が治ったあと、なにかがそこにはいた。

 黄金の光を纏いし銀の龍と、龍の背中に乗る翡翠を付け神力を纏った巫女の姿を、丘にいた人々は見たのだった。

 龍に干渉できるのは巫女だけ。それを見せつけられては誰も文句は言えなかった。

「わたしは最後の巫女として、この村と共に歩む。愚かでも龍神と先代巫女たちが愛したこの土地を最後まで見守ろう。だが、そなたたちの罪は消えぬ。わたしたちも忘れぬ。その事を覚えておくが良い。」

 龍と巫女は去った。村人たちは立ち尽くしていた。あの後祭りは解散、各自禊をしていたそうだ。

「…というのがこの間のその後の話だよ、ひよりちゃん。いや巫女様、かな?」

 お堂の中でつゆちゃんはくつろぎながらも話をしてくれた。たまに村人の連絡役などとして彼女が選ばれたため今こうしてお堂にきている。

「いいよ、今まで通りの呼び方で。…そうなんだね。」

「一応わたしも海で禊してきたよ。冷たくて大変だったんだ。小さい子たちはもう寒くて寒くて。」

「それは、ご苦労様でした。子供達は悪くないんだけどな。」

「でもでも!御使様も、新たな巫女様もちゃんとここに帰ってきて嬉しい。本当にどうなるのかなって、帰って来ないんじゃないかって思っていたから…。」

 あのあと、つゆちゃんが言っていたように、私たちはすこし空の旅を楽しんでいた。海の向こうには確かに知らない土地があったし、海はどこまでも広かった。

 ある程度遠出したところで村に戻ってきたのだった。村人に気づかれないように丘に降り立ち、美しい毛並みの梟を撫でながら、声をかける。

「お疲れ様でした。乗せてくれてありがとう。」

 その言葉を聞くと梟は答えた。

「まさか龍に変化するとは思っていませんでした。これもあなたの願いの力。主人の気持ちがわかった気がします。」

 光のかけらと共に人の形へと変わってゆく。ボロボロになった身体と衣服があの時を思い出させた。思わず抱きつく。

「わたし、もうこんな目に合わせたりしないから。ちゃんと巫女の仕事しっかりして龍神様と梟、あなたを守るから!」

「いいえ。わたしではなく村人を導くのです。」

 そう直されて頭を撫でられた。少し気に入らないが仕方ない。ほんのちょっとだけ受け入れよう。

 そうして今に至る。

「そういえばどうして梟って名前なの?」

 お堂の掃除をしている彼が振り向く。

「それはですね。わたくし、元々は''フクロウ''だったのです。山の中で瀕死のわたしを助けてくださったのが龍神様…でした。とてもお優しく介抱してくださったのです。それからわたくしは神使になりました。」

 まって名前ストレートすぎない??

「えっ元々鳥が人間になれるんですか?」

 つゆちゃんの鋭い質問に、平気な顔で対応する梟。

「神使になるために修行を積むのですが、その過程で人型に変化するものがあるのです。」

「色々大変なんだな…。神使やるのも楽じゃないんだねぇ。」

「ええ、楽ではありませんとも。時には巫女に祝詞や作法を教えねばなりませんから。」

 にこやかにこちらを見てきた。やめて、そんな顔でこっち見ないでー!怖いよこの人怖い!

「そっかあ、じゃあひよりちゃん忙しくなるね。」

「えっなんの話?」

「だって、これから作物の植え付けあるし、結構行事びっしりだよ!覚える事たくさんあるんじゃない?」

「ええ、もちろんです。つゆさんよくご存知で。」

 間髪入れずに即肯定した梟は何故か楽しそうだ。

「親があれこれやってるのでそこそこ知ってましてぇ。」

 そういうつゆちゃんは梟にデレている。梟、よく見ると綺麗な顔立ちなんだよなぁ。つゆちゃんこういうの好みなのかな?

「あ、そろそろ帰らなきゃ。また来ますね巫女様。それまでお元気で。」

「うん、ばいばい。」

 いつかこのさようならが苦しくなるんじゃないかと怖くて。いつも帰らないでほしいと思ってしまう。

 わたしはもう見た目は老いることはない、生き神となった。次見た時、彼女の成長を感じるたび、わたしは辛くなると思う。

 己がもう人ではないと言われているようなものだ。受け入れるしかない。齢十三のまま時が止まる自分を。

 これからはきっと長くも楽しい時間になるのだと信じて。梟と過ごしてゆくこの洞窟と村を護りたい。

 神は、龍神は見ているのだと。わたしたちのことを。だから大丈夫。自分自身を信じればたぶん大丈夫。

 龍神と巫女の願いをわたしは引き継いでゆく。

 

 そうして長い時を過ごした巫女はとうとう村が廃村になったのをついに見届けました。巫女になって百年経った後の話でした。

 いつしかこの彼の地の伝説が語られるようになります。

 とある地では龍神によって選ばれし巫女が千年間龍神に使えると新たな龍となって天に昇り、その旅路を見守るように白銀の梟が共に飛んでゆくのだと。

 これはこの国に眠る数多くのうちの一つの物語。

 梟ととある龍が出会った物語である。

 

実はこの夢を見た時、梟にはCV付いてました。笑

さすが私、素晴らしいですね…。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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