第90話 「出会い」、そして、「弟子入り」
「そんなある時、僕は師匠と春風に出会ったんです」
と、そう話した水音に、
「へぇ、そこでその2人が登場するのか」
と、ヴィンセントがそう口を開くと、
「ええ。これは後になって知ったことで、僕自身もその時のことは覚えてないのですが、なんでも僕が力を暴走させた現場に偶然居合わせていたみたいで、その時暴走を止めてくれたのが師匠だったんです。その後は、生きる気力をなくしていた僕の様子を見る為に、僕の家を訪れていたのです」
と、水音はヴィンセントに向かってそう説明した。
その説明を聞いて、
「うーむ、そうであったか。それで、その後其方はどのようにしてその師匠殿の弟子となったのだ?」
と、今度はウィルフレッドがそう尋ねると、水音は「それは……」と視線をヴィンセントからウィルフレッドに移して、
「祖父から事情を聞いた師匠は何を思ったのか、僕と春風に試合をさせたのです」
と、答えた。
その答えを聞いて、
『は? 試合?』
と、ウィルフレッドだけでなくマーガレットにヴィンセント、爽子とクラスメイト達からそんな声があがった後、
「えっと、何の試合なんだ?」
と、ヴィンセントがそう尋ねてきたので、
「格闘術の試合です。僕の家は魔物退治の傍らで、武術の道場をやってるんです。その為に僕も小さい頃から格闘術を習っていて、他にも剣術、棒術、弓術をやってました」
と、水音は弱々しい笑顔でそう答えた。
その答えに周囲から「おお!」と声があがる中、
「……て、話が逸れてしまいましたね。とにかくもう一度言いますが、師匠が何を考えているのかわからないまま、僕は春風と格闘術の試合をすることになりました。最初は『訳がわからない』と当時の僕はそう思ってました。何せ相手は可愛い女の子のような顔付きをした春風でしたので、その時の僕は、彼が女の子だと勘違いしてました。まぁ、それからすぐに『俺は男だ!』とブチ切れられてしまいましたが」
と、水音は「はは……」と苦笑いしながらそう話しを続けた。
その話を聞いて、
「え? 何、そいつ、そんなに可愛い顔してんのか?」
と、ヴィンセントが少しドン引きしながらそう尋ねると、
「むぅ。確かに、あの顔付きは……」
「間違えても仕方ないですねぇ」
『そ、そうですねぇ』
と、ウィルフレッド、マーガレット、そして爽子とクラスメイト達が遠い目をしながら言った。ただよく見ると、全員、頬が赤くなっていたので、
「え、ちょ、まじかよ!?」
と、ヴィンセントが驚きに満ちた声をあげると、
「そうだなぁ、キャロライン殿が見たら、絶対に彼を気にいるんじゃないだろうか」
と、ウィルフレッドは「はは」と笑いながらそう言い、その言葉を聞いて、
「ま、マジかよ。ちょっと会ってみたくなったんだが……」
と、ヴィンセントは少し引き気味にそう言った。
その後、
「あ、あのぉ……」
と、水音が恐る恐るそう口を開いたので、
「ああ、すまない。続きを聞かせてほしい」
と、「おっと!」と我に返ったウィルフレッドは、水音に向かってそうお願いした。
それに水音は「は、はい」と返事すると、
「試合が始まる前、僕は生きる気力がなかったので、最初は『もうどうでもいいや』と投げやりな気持ちで春風と対峙したのですが、いざ試合が始まると、その考えは一気に吹っ飛んでしまいました」
と、話の続きを始めたので、
「え? どうしてそんなことに?」
と、今度は爽子がそう尋ねると、
「試合が始まった瞬間、僕は春風から、強い『殺気』をぶつけられたんです」
と、水音は表情を暗くしながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「む? 殺気?」
「『殺意』の間違いじゃねぇのか?」
と、今度はウィルフレッドとヴィンセントがそう尋ねてきたので、
「いえ、間違いなく『殺気』です。ちょっと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、その時春風から放たれたのは、『怒り』とか『憎しみ』といった負の感情から生まれた『殺意』ではなく、ただ『殺す』という純粋な意志そのものをぶつけられた……と言えばいいでしょうね」
と、水音は自身を抱き締めながら、震えた声でそう答えた。
その様子を見て、ウィルフレッドをはじめとした周囲の人達は、水音が冗談を言ってるのではないと理解して、ある者はタラリと汗を流し、ある者はゴクリと唾を飲んだ。
ただ、
(……ほう)
1人だけ、水音の話を聞いてニヤリと笑っていたが。
そんな彼らを前に、水音は更に話を続ける。
「そこから先は、本当に死ぬかと思いましたよ。何せその時の春風は、僕を殺すつもりで、何度も攻撃を繰り出してきたのですから」
「え!? 嘘だろ、おい!」
「確か、『3年前』と申したな? ということは其方と春風殿はその時……」
と、ウィルフレッドが「ちょっと待て」と言わんばかりにそう尋ねると、
「ええ、2人共14歳ですよ。信じられます? 同い年なのに、あんなとんでもない殺気を纏わせた攻撃を出してきたんですから」
と、水音は更に震えた声でそう言った。
その言葉に誰もが戦慄する中、
「もう、あの時は本当に命の危機に晒されました。それまで『死んでもいい』と考えていたのに、あそこまで純粋な殺気を向けられた瞬間……『ちくしょう! 何が死んでもいいだよ馬鹿野郎!』とか『いやだぁ! 死にたくない!』という気持ちに駆られてしまいましたよ」
と、水音は迫真の演技(?)を交えながらそう言うと、最後にその時のことを思い出したのか、「はは」と頬を引き攣らせた。
その言葉に周囲から「う、うわぁ」と声があがった後、
「そ、そうか。ということは、その試合のおかげで、其方は『生きる気力』を取り戻したのだな?」
と、ウィルフレッドが「ん?」と首を傾げながらそう尋ねてきたので、
「ええ、おかげさまで」
と、水音は「はは」と苦笑いしながらそう答えると、すぐに真面目な表情になって、
「まぁそんな感じで、その試合をきっかけに、僕はもっと強くなりたいと思えるようになり、その後は家族と、師匠と、春風と一緒に話し合った末、僕は師匠……陸島凛咲に弟子入りすることになったのです」
と、真っ直ぐウィルフレッドとヴィンセントに向かってそう言った。




