第85話 「皇帝」、再び
水音とエレン……否、ストロザイア帝国第2皇女、エレクトラ・リース・ストロザイアの戦いが終わって、場所はルーセンティア王国王城内、謁見の間。
現在、そこには国王ウィルフレッドとその妻マーガレット、ストロザイア帝国皇帝のヴィンセント、そして、先程までエレクトラと戦っていた水音や爽子、そして歩夢らクラスメイト達がいて、騎士や兵士、並びに五神教会の関係者達には外してもらっている。
因みに、エレクトラは現在医務室で治療中で、それにはウィルフレッドの娘であるクラリッサとその妹イヴリーヌがついている状態だ。
まぁそれはさておき、その謁見の間ではというと、
『申し訳ありませんでした!』
と、水音や爽子、そしてクラスメイト達が、ヴィンセントに向かって深々と頭を下げながら謝罪していた。特に、
「「大っ変、申し訳ありませんでしたぁ!」」
エレクトラと戦っていた水音と爽子は、床に額を擦り付ける勢いで土下座していた。
無理もないだろう。何せ、知らなかったとはいえ、全員、皇帝陛下の娘に失礼な態度をとっていて、特に爽子は戦いの中でエレクトラにどついてたし、水音に至っては思いっきりボコボコにしたうえに最後は渾身の一撃をお見舞いしてしまったのだから。
さて、そんな水音達の謝罪を受けたヴィンセントはというと、
「はっはっはぁ! いいっていいって、そんなに気にすんなって!」
と、声高々に笑いながら、未だに頭を下げ続ける水音達に向かってそう言った。
しかし、
『いえいえ、そういう訳にもいきません!』
と、水音達はそれでも頭を上げようとしないので、
「だーかーら、そんなに気にすんなって。寧ろ、エレンの鼻っ柱をへし折ってくれてあんがとな。あいつここ最近調子に乗ってるからよぉ、お前ら『勇者』……いや、別世界の人間なら、あいつの高くなり過ぎたプライドをバキバキに折ってくれるんじゃねぇかなって考えてたんだわ」
と、ヴィンセントは未だに「はっはっは」と笑いながらそう言った。
その言葉を聞いて、傍で話を聞いていたウィルフレッドは「はぁ」と溜め息を吐くと、
「ヴィンス、無茶を言わないでくれ。爽子殿達はまだ戦闘経験なしのレベル1のままなんだ。そんな彼女達に、エレクトラ姫の相手など出来る筈ないだろう」
と、ヴィンセントに向かって呆れ顔でそう言ったので、
「ええ!? マジかよ!? 俺てっきりもう実戦訓練に入ったのかと思ってたんだぜぇ!?」
と、ヴィンセントはギョッと大きく目を見開きながら、驚きに満ちた声をあげたが、
「ん? いや、待てよ。だとしたら俺の娘はまだレベル1に負けたということに……」
と、訓練場での出来事を思い出して「うーん」と唸りながら考え始めた。
その後、考え込むヴィンセントを、周囲の人達がジッと見つめていると、
「うん。まずはこれだな」
と、ヴィンセントはコクリと頷きながらそう言った。
そして、ヴィンセントは水音達に視線をむけると、
「あー、改めて。はじめまして勇者諸君。俺はストロザイア帝国皇帝の、ヴィンセント・リアム・ストロザイアだ。以後、よろしくな」
と、少し陽気な感じの口調でそう挨拶した。
それを聞いて、水音ら勇者達が「え? え?」と戸惑っている中、
「えーっと、ちょっとすまねぇが、あんたとそちらの少年の名前を伺いたいんだ」
と、ヴィンセントが爽子に向かってそう言ってきたので、その言葉に爽子が「え? え?」と戸惑ったが、すぐに冷静になって、
「も、申し遅れました。私は爽子、朝霧爽子と申します。元の世界では学校の教師を勤めてまして、この子、桜庭水音と、私の後ろにいるこの子達は、私の大切な生徒なのです」
と、ヴィンセントに向かって隣の水音や背後にいる歩夢ら生徒達を紹介しつつ、自己紹介した。
勿論、爽子に続くように、
「さ、桜庭水音です! 水音が名前です! よろしくお願いします!」
と、水音もヴィンセントに向かってそう自己紹介した。
そんな2人の自己紹介を聞いて、ヴィンセントは「おう、よろしくな!」と返事すると、
「うーん『大切な生徒』ねぇ。それって、召喚初日にここを飛び出した『雪村春風』って奴も含まれてるかい?」
と、真剣な表情で爽子に向かってそう尋ねたので、その質問に対して、
「はい、勿論です!」
と、爽子も真剣な表情で、ヴィンセントに向かってそう即答した。
その答えを聞いて、ヴィンセントは大きく目を見開いた後、「はは」と表情を緩ませて、
「そうかい。教えてくれてありがとな」
と、笑顔でそう言うと、「そんで……」とまたすぐに表情を変えて、
「うちのエレンが悪かったな。あんた、結構強かったぜ、本当にな」
と、爽子に向かって謝罪しながらそう言った。
その言葉を聞いて、爽子は「そ、そんな!」と恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると、
「私は……その……最後は勝つことが出来ませんでしたし、生徒達にみっともないところを見せてしまいましたし……」
と、顔を下に向けながら、ヴィンセントに向かってそう言った。
その言葉を聞いて、
「いやいや、そんなことはないぜ。『大切な生徒』の為に立ち上がったんだろ? それでいいじゃねぇかよ。それに、『みっともないところ』とも言ってたが、そちらの生徒さん達とやらは、エレンの攻撃からあんたを守ってたじゃねぇか。それはつまり、あんたが『生徒に好かれるいい先生』だっていう証拠だと思うぜ」
と、ヴィンセントはチラッと水音をはじめとした「爽子の生徒達」を見ながらそう言ったので、それに爽子が「あ……」と声をもらすと、爽子も水音達を見た。
すると、水音も他のクラスメイト達も、ニコッと笑いながら頷いたので、それを見た爽子はジーンと感動しそうになると、
「そ、その……ありがとう、ございます」
と、再び顔を真っ赤にして下を向きながらそう言った。
それを見て、ヴィンセントは「ふふ」と笑うと、
「で、次は水音っつったな?」
と、今度は水音に声をかけたので、
「は、はい!」
と、水音がビクッとしながらそう返事すると、
「ウィルフの話だと、お前さんもレベル1ってことになるよな? それなのにエレンに勝っちまうとは中々やるじゃねぇか」
と、ヴィンセントはニヤリと笑いながらそう言ったので、
「え? あ、そのぉ……」
と、水音も爽子と同じように顔を真っ赤にすると、
「本当言うと、先に『雪村春風』って奴について聞きたかったが、ちょいと予定変更だ」
と、ヴィンセントは再び真剣な表情でそう言ったので、それに水音だけでなく爽子達までもが「え?」と首を傾げると、
「なぁ、水音さんよぉ。お前さん……ただの人間じゃねぇだろ?」
と、ヴィンセントは目を細めながら、水音に向かってそう尋ねた。




