第82話 エレンの「苛立ち」と、水音の「挑発」
「俺達のぶんまで、奴をぶちのめしてこい」
「ああ。言われなくても、そのつもりだ!」
と、煌良の言葉に不敵な笑みを浮かべながらそう返事した水音。
そして、水音が目の前のエレンを睨む中、肝心のエレン本人はというと、
(……は? 『ぶちのめしてこい』だと? 『そのつもりだ』だとぉ!?)
と、今の煌良と水音のやり取りを聞いて、怒りをあらわにしていた。
ただでさえ、先程まで戦っていた爽子にトドメをさそうとしていたところを水音達に邪魔されて、
(な、何だこいつら!? 人が『勝利』を掴もうとしてた時に!)
と、苛立っていたところに、
「どうするよ? このままみんなで、あいつ叩きのめすか?」
「いや、僕達全員だと、なんか弱いものいじめになっちゃうんじゃないかな?」
「ははは、それは『勇者』としてどうかと思うよ」
という進、耕、純輝の言葉を聞いて、
(は? 何だと!? 『弱いものいじめ』って言ったのか!? ていうか、こいつら全員『勇者』か!? 確かに『20人近く召喚された』と聞いたが……!)
と、更に苛立ちを募らせていた。
そして、そんなエレンへトドメとばかりに、先程も語った煌良と水音のやり取りを聞いて……いや、それ以上にその前の、
「僕は今……もの凄く機嫌が悪いんだ!」
という水音の言葉を聞いて、
(何だと!? それはこっちのセリフだ! 人の戦いを邪魔しておいて!)
と、エレンの怒りを更に大きくしていた。
だがこの後、水音のとある言葉ととある行動に、エレンの怒りが爆発した。
それは、水音を残して残りのクラスメイト達が、爽子を連れてその場から離れようとしていた時だ。
「さ、桜庭……」
と、爽子が辛そうな口調で水音に向かって声をかけてきたので、
「ん? 何ですか先生?」
と、水音がそう返事すると、
「こ、これを使ってくれ……」
と、爽子は自分が使っていた木剣を水音に差し出した。
それを見て、
(ん? あいつも武器を使うのか?)
と、エレンはそう思ったが、
「いえ、必要ありません」
なんと、水音は笑顔でそれを断ったので、
「え? 何で……?」
と、爽子だけでなくクラスメイト達、更にはエレンまでもが「え? え?」と首を傾げると、水音は無言で自身のズボンのポケットに手を入れて、
「これを使いますから」
と言うと、そこから何かを取り出した。
それは、左右一組の黒い革製のグローブで、手の甲の部分が分厚く、「殴る」ことを目的とした金属の装飾が施されていた。
その黒いグローブを見て、爽子とクラスメイト達が「な、何だ?」と再び首を傾げていると、
「あ、それ……」
「マリーさんの?」
と、何かに気付いたかのようにハッとなった歩夢と美羽がそう尋ねてきたので、水音はコクリと頷きながら、
「はい、『師匠』に貰った僕の『お守り』です」
と答えた。
その後、クラスメイト達が爽子を連れて訓練場の端まで移動したのを確認すると、水音はその黒いグローブを両手につけて、グッグッと握ったり開いたりをした後、シュッシュッとシャドーボクシングを始めた。
そのキレのいいパンチに、爽子やクラスメイト達だけでなく、ルーセンティア王国の兵士達までもが「おお!」と歓声をあげていると、
「よし!」
と、水音は「準備完了!」と言わんばかりにガッツポーズをとった。
その後、水音はエレンの方へと視線を向けると、
「待たせたな。ここからは、僕が相手だ!」
と、不敵な笑みを浮かべながら、エレンに向かってそう言った。
その言葉を聞いて、それまで「訳がわからん」と言わんばかりにポカンとしていたエレンは、
「……は! な、何だと!? お前、まさか私に武器なしで挑もうとしているのか!?」
と、ハッとなって水音を問い詰めたが、
「は? 武器ならあるさ」
と、水音は「何言ってんだお前?」と言わんばかりの他者を小馬鹿にしたような表情でそう返事すると、
「この拳もそうだけど、僕にとってはこの体自体が僕の武器だ!」
と、真っ直ぐエレンを見てそう言い放った。
その言葉を聞いて、「な!?」とエレンがたじろいでいると、
「さぁ、来いよ。第2ラウンドといこうじゃないか!」
と、水音は相手を誘うかのように右手をクイックイッと動かしながらそう言ったので、
「ななぁ!?」
と、エレンは更にたじろいだ。
その一方で、
「さ、桜庭。本当に、大丈夫なのか?」
と、爽子が心配そうな表情で水音に向かってそう尋ねてきたので、水音はエレン視線を向けたまま、
「心配しないでください先生。僕、勝ちますから」
と、また不敵な笑みを浮かべながらそう答えると、
「さて、エレンさんとやら」
と、目の前のエレンに向かって声をかけた。
その言葉にエレンが「え?」と反応すると、
「それ持ったままかかって来いよ」
と、水音はエレンが持っている木剣をチラリと見ながらそう言ったので、
「な、何だと!? お前、さっきから本気で言ってるのか!?」
と、エレンは大きく目を見開きながら、水音に向かって怒鳴るように尋ねた。
すると、
「……ぷ! あはは! 何驚いてるの!? 本気に決まってるじゃないか!」
と、水音は腹を抱えて大笑いしながらそう言い、
「それとも何? まさか、『私ぃ、武器を持ってない相手を攻撃するのは怖くて無理なんですぅ』って言いたいのかい?」
と、最後にまるで挑発するかのようにそう付け加えた。
いや。それは、最早「挑発」と言ってもいいだろう。
とにかく、そんな水音の挑発じみた発言に、
「な……な……」
と、エレンは顔を真っ赤にしながらプルプルと体を震わせ、
『おいおい。そこまで言うか?』
と、爽子とクラスメイト達が若干ドン引きしていると、
「上等だ! そこの女の前に、まずはお前から叩きのめしてやる!」
と、顔更に真っ赤にして憤慨したエレンは、チラッと爽子を見ながらそう怒鳴ると、木剣をグッと握り締めながら構えた。
それを見て、水音は小さな声で「よし」と呟くと、ゆっくりと深呼吸しながら戦闘体勢に入った。
そして、ジッと木剣を構えたエレンを見つめながら、
「いくよ……林の型」
と、再び小さな声でそう呟いた。




