第80話 謎の少女・エレン
翌日。
水音達が「勇者」としてエルードに召喚されてから、6日目。
昼食を終えて、午後の訓練の為に王城内にある訓練場へと向かう最中、
(うぅ。午後になっても、何のアイデアも浮かばなかった)
と、暗い表情の水音は「はぁ」と溜め息を吐きながら、心の中でそう呟いた。
あの後、しつこく春風のことについて質問してくる進達を、水音はどうにか回避してきた。
その後、ヴィンセント皇帝にどう説明したらいいのかを考えたが、結局、何のアイデアも思いつかないまま翌日を迎えてしまい、
(もう、全部話すしかないのかな)
と、水音は諦めるかのように表情を暗くした。
とまぁそんな感じで、水音は爽子やクラスメイト達と訓練場に向かっていた。
ところが、訓練場の近くに着くと、何やら兵士達の様子がおかしいことに気付いて、
(あれ? どうしたんだろう?)
と、水音はそう疑問に思うと、すぐに速足で訓練場に向かい、
「あの、すみません」
と、兵士の1人に声をかけた。
水音に話しかけられて、その兵士は「うわ!」と驚いたが、すぐに水音達を見て、
「は! も、申し訳ありません勇者様!」
と、大慌てで水音達に向かって謝罪したので、水音達はその兵士に「落ち着いてください」と言うと、
「あの、なんか皆さんの様子がおかしいというか、騒がしいというか……まぁとにかく、皆さん何かあったんですか?」
と、爽子が兵士に向かってそう尋ねた。
その質問に対して、
「そ、それが……」
と、兵士が答えようとした、まさにその時、
「おお! 『勇者』とやらが来たのか!?」
と、訓練場内から少女のものと思わしき声がしたので、それを聞いた水音達が「え?」と反応した後、その声の主を確かめようと訓練場に入ると、
『な、何じゃこりゃあああああああ!?』
と、水音達が驚いたように、訓練場内は大勢の兵士や騎士達が地面に倒れ伏していた。
そんな目の前の惨状を見て、
(な、何だよこれ? 一体、何があったんだ!?)
と、タラリと汗を流した水音が、心の中でそう疑問に思っていると、
「おーい、こっちだこっち!」
と、再び少女のものと思われる声がしたので、水音達は再び「え?」と声がした方へと視線を移すと、
(え? 女の子?)
と、水音が大きく目を見開いたように、そこには、水音のクラスメイトの1人にし「勇者」の1人でもある晴山絆よりも、長い深みのある赤い髪を持つ1人の少女がいた。
見たところ年齢的には水音と同い年くらいのその少女は、水音達を見て「ふふん」と鼻で笑いながら、余裕がありそうな表情を浮かべていた。
そして、よく見ると彼女の手には、訓練で使う木剣が握られていたので、それを見た爽子は何かを察したかのように、
「あの、もしかしてこの惨状て、あの子が?」
と、再び兵士に向かってそう尋ねると、
「は、はい。皆様が来る前に突然ここに現れて、『勇者と戦わせろ!』などと言ってきて、それを止める為に兵士達や騎士達が戦いを挑んだのですが、結果はご覧の通りの有様でして……」
と、兵士は爽子達に向かって、シュンと肩を落としながらそう答えた。
その答えを聞いて、爽子達が「そんな……!」とショックを受けると、
「おいおい、人を乱暴者のように言うのはやめてくれ! 確かに、私がこいつらをぶちのめしたけれど……」
と、長い赤髪の少女は頬を膨らませながらそう言ってきたので、
『は、はぁ、そうですか』
と、爽子をはじめとした勇者達が「えぇ?」とドン引きしていると、
「それで、『勇者』というのはどいつだ?」
と、今度は長い赤髪の少女の方からそう尋ねてきた。
ただ、その態度があまりにも太々しかったので、質問を聞いた爽子は「む!」と唸ると、
「私がその『勇者』だが、何か?」
と、長い赤髪の少女に向かってそう答えた。
その答えを聞いて、
『せ、先生!?』
と、水音達が大きく目を見開くと、爽子はスッと右手を上げて、
「大丈夫、心配するな。私がみんなを守るから」
と、優しい口調でそう言った。
その言葉に「せ、先生ぇ……」と水音達がジーンと感動する中、爽子は1人、長い赤髪の少女の方へと歩き出した。勿論、その途中で落ちていた木剣を拾った。
因みに、倒れ伏していた兵士や騎士達は別の兵士達に回収され、訓練場を離れていた。
そして、爽子が長い赤髪の少女の前に立つと、
「お、おお。あなたが『勇者』でしたか。これは失礼しました」
と、長い赤髪の少女は、爽子に向かってペコリと頭を下げながらそう謝罪した。
ただ、何処となくノリが軽そうだったので、それに爽子は更に「む!」と唸ると、
「『勇者』の爽子だ。で、君の名前は?」
と、長い赤髪の少女に向かって、少し怒ってる感じでそう尋ねると、
「私か? 私のことは『エレン』と呼んでほしい」
と、長い赤髪の少女ーーエレンは爽子を前に強気な態度でそう答えた。
そんなエレンの答え(というより自己紹介)を聞いて、爽子は「そう」と呟くと、
「それじゃあエレンさんとやら。兵士と騎士達はボコボコにしたのは君か?」
と、エレンをギロリと睨みながらそう尋ねた。
明らかに「自分、怒ってます!」と言わんばかりの「怒り」に満ちたその質問を聞いて、水音達がゴクリと唾を飲む中、
「ああ、そうとも。『勇者』と戦ってみたくてここに来たのに、彼らが邪魔をするものだから、少し相手をしてやっただけさ」
と、エレンはやはり強気な態度でそう答えたので、それを聞いた爽子は再び「そう」と呟くと、
「だったら、私が相手になるわ。かかってきなさい」
と、手にした木剣の先端をエレンに向けながらそう言った。
その言葉を聞いて、エレンは一瞬ポカンとなったが、すぐにニヤリと笑って、
「……ああ」
と、声をもらすと、
「言われなくとも、そのつもりだ!」
と、エレンも手にした木剣を構え出した。




