第79話 水音、悩む
医務室での出来事から翌日。
水音達が「勇者」としてエルードに召喚されて、5日目に入った。
その日もいつものように、午前は専用の教室で座学が行われていた。
爽子をはじめとした「勇者」達が真面目に座学を受けている中、ただ1人、水音はというと、
「……」
と、無言でジッと机を見つめるだけで、傍から見ると明らかにボーッとしている様子だった。
そんな状態の水音を、他の勇者達ことクラスメイト達は、時折チラチラと見るだけで、誰1人としてかれを注意する者はいなかった。
それから暫くすると、座学が終わったので、爽子とクラスメイト達が次々と教室を出ていったが、
「……」
水音だけは未だ無言で机を見つめている状態で、そこから動こうとしなかった。
その時だ。
「桜庭君」
と、水音のすぐ傍で自身の名を呼ぶ声が聞こえたので、水音は思わず「ん?」とその声がした方へと振り向くと、
「……あ、時雨さん」
そこには、ちょっと困ったような表情を浮かべる祈がいたので、ハッとなった水音は少し驚いたかのようにそう返事すると、
「座学、終わりました、よ?」
と、祈は恐る恐るといった感じでそう言ったので、水音は「は?」と思いつつ周囲を見回すと、現在教室内には水音と祈の2人だけで他は誰もいなかったので、
「あ……あれ? いつの間に終わった?」
と、水音はキョロキョロと周囲を見回しながら、祈に向かってそう尋ねると、
「ふえ!? あ、はい。終わっちゃいました」
と、祈は恐る恐るといった感じでそう答えた。
その答えを聞いて、
「うわぁ、マジか。僕としたことが……」
と、水音は頭を抱えながら後悔していると、
「あ、あの、桜庭君……」
と、祈がそう声をかけてきたので、
「な、何? 時雨さん」
と、水音がそう返事すると、
「も、もしかして、何か悩んでたり……してますか?」
と、祈が首を傾げながら、恐る恐るそう尋ねてきたので、それに水音は「う!」と呻いて、
「な、何で、そう思ったの……ですか?」
と、祈に向かって少しぎこちない感じでそう尋ねると、
「その……今日の桜庭君、何だかすごく悩んでそうな感じがしましたから……」
と、祈は恥ずかしそうに顔を赤くしながらそう答えた。
その答えを聞いて、水音は「そ、そうなんだ」と頬を引き攣らせながらそう呟いた後、
(ど、どうしよう。ここで本当のことを話すか、それとも誤魔化すか……?)
と、どちらにしようか本気で悩んだが、
「うぅ……」
と、目をウルウルさせながらジーッと見つけてくる祈を無視することは出来ないと感じて、
(う! し、時雨さん、そんなにジッと見つめないで!)
と、水音はもの凄い罪悪感的なものに苛まれた後、
「はぁあああああ……」
と、深い溜め息を吐いて、
「取り敢えず、歩きながらでいいですか?」
と、祈に向かってそう尋ねた。
その後、すぐに水音と祈は教室を出たのだが、
「うわ!」
『ど、どうも……』
出入り口には昨日水音と共に資料保管庫に入ったメンバー……進、耕、祭、絆の4人が待ち構えていたかのようにそこにいたので、水音は再び「はぁ」と溜め息を吐いた。
場所は変わって王城内の廊下。
食堂に向かっている最中、
「え? 雪村君のことでどう話すのか悩んでたの?」
と、祭がそう尋ねてきたので、
「う、うん」
と、水音はなんとも気まずそうな感じでそう答えた。
その答えを聞いて、
「何だよ、全部話せばいいじゃねぇかよ」
と、進がちょっと頬を膨らませながらそう言ってきたが、
「そうしたいけど、本人の許可なく勝手に話していいのか……」
と、水音は表情を暗くしながらそう返事すると、
「そういえば、桜庭君と雪村君って、去年一緒のクラスだっけ?」
と、耕が「おや?」と言わんばかりに首を傾げながらそう尋ねてきたので、
「いや、去年は違うクラスだよ」
と、水音は首を横に振りながらそう答えた。
その答えを聞いて、耕が「あ、そうなんだ」と呟くと、
「ん? ちょっと待て。それじゃあ桜庭は、いつ雪村と知り合ったんだ? あいつがここを出ていった時、お前、あいつのこと名前で呼んでただろ?」
と、今度は絆がそう尋ねてきた。
水音はその質問を聞いて、
「あー、それは……」
と、答え難そうな表情になったが、また「はぁ」と溜め息を吐くと、
「ここじゃあ、あんまり詳しくは言えないけど……僕は3年前に彼と知り合ったんだ」
と、少し暗い表情でそう答えた。
その答えを聞いて、進達が「え?」と大きく目を見開くと、
「『3年前』って、中学生……ですよね?」
と、今度は祈が恐る恐るそう尋ねてきたので、
「うん。彼とは中学生の時に知り合ったんだ。といっても、通っていた学校は違うけどね」
と、水音は「はは」と苦笑いしながらそう答えると、
「そうだったんだ! じゃ、じゃあさ、他に何か知ってることがあったら教えてほしいな」
と、祭がちょっと明るい口調とノリでそう言ってきたので、水音は「じゃあ……」と言おうとしたが、その途中でハッと我に返り、首を勢いよくブンブンと横に振って、
「だ、駄目駄目! これ以上は個人情報になるかも……!」
と、祭だけでなく進達にもそう言ったが、
「えー? 少しくらいいいでしょ? 減るもんじゃないしさぁ」
と、祭は「不満です!」と言わんばかりに頬を大きく膨らませながらそう言い、それに続くように、
『そうだそうだ!』
と、進達が便乗してきたので、水音は「ええ?」と困った顔になると、
「あ、ほら、もう食堂だよ!」
と、そう言った後、逃げるようにダッシュでその場から駆け出した。
そんな水音を見て、
「あ、おい待てよ!」
「ま、待って!」
「コラー! ちゃんと答えなさい!」
と、怒った進達も、水音の後を追うようにその場から駆け出した。
そんな状況の中、
(色々考えなきゃいけないことが多いけど、今日はこのくらいでいいかな?)
と、水音は心の中でそう呟きながら、
(さて、ヴィンセント皇帝陛下には、なんて答えればいいのかな?)
と、これからこのルーセンティア王国に来るというヴィンセントのことを考え始めた。




