第73話 水音、動く・2
今回は、いつもより短めの話になります。
翌日、午前の座学の教室。
爽子ら勇者達が、それぞれの席について準備を進める中、水音はというと、
(ね……眠い)
1人、睡魔と戦っていた。
ウィルフレッドと別れたあの後、水音は1人、資料保管庫で何冊もの本を読み漁っていた。
これは座学を受けた時にわかったことなのだが、実は水音ら勇者達は、自分達が持っている「異世界人」の称号のおかげで、この世界の文字を読むことが出来ていた。それ故に、
(うん。内容は難しいけど、ちゃんと読めるぞ)
と思ったように、水音は本に書かれていた文章を問題なく読めていたのだ。
まぁそれはさておき、そんな感じで資料保管庫にあった本を次々と読んでいると、
「あのぉ、勇者様。もう夜遅いですので、そろそろお止めになった方がよろしいかと……」
と、見張りをしていた兵士にそう注意されてしまったので、
(く! もう少し読んでいたいけど、仕方ないか……)
と、水音は名残惜しそうにしながらも、兵士の言葉に従って資料保管庫を後にし、自室へと戻った。
(まぁ、いいさ。次もウィルフレッド陛下に許可を貰うし)
ただ、その時は本当に夜も遅かったので、水音はあまり眠ることが出来ずに、結局寝不足の状態で翌日を迎えることになってしまったのだ。
因みに、朝食はというと、寝そうにはなったがちゃんと済ませてある。
さて、他の勇者達が準備を進めている中、
(や、やばい!朝ごはんの時も危うく寝そうになっちゃったし、少しでも気を抜いたら間違いなく眠ってしまう!)
と、必死になって寝ないように頑張って自分も準備をしていると、
「さ、桜庭君……」
と、自分の名を呼ぶ声がしたので、
「何?」
と、水音がギロリと睨むかのように声がした方へと振り向くと、
「うわ!」
「お、おい、そんなに睨むなよ」
そこには、水音と同じ服装をした、ちょっと気の弱そうな感じの大柄の少年と、彼とは逆にちょっと気の強そうな感じの小柄の少年がいたので、その姿に水音は「あ……」と声をもらすと、
「ご、ごめん、遠畑君に近道君」
と、その2人の少年ーー「遠畑君」と呼ばれた大柄の少年と、「近道君」と呼ばれた小柄の少年に向かって謝罪した。
そう、ここで紹介しておくが、大柄の少年の名は遠畑耕、小柄の少年の名は近道進。2人とも水音と同じように「勇者」としてエルードに召喚されたクラスメイトである。
さて、そんな遠畑耕ーー以下、耕と、近道進ーー以下、進は、水音の謝罪を受けて、
「え、えっと。桜庭君、朝からどうしたのかなって……」
「そうそう、なんかスッゲェ眠そうっていうか、ひっでぇ顔してるしな」
と、声をかけた理由を説明した。
その説明を聞いて、
「え、僕、そんなに酷い顔してる?」
と、水音がそう尋ねると、
「おう、スッゲェひでぇぞ」
「う、うん」
と、進と耕はコクリと頷きながらそう答えたので、
「うわぁ、参ったな。じゃあ、まだ開始前だから、顔洗ってくるね」
と、水音はそう言って席から立ち上がると、
「お、おい」
と、進に呼び止められてしまったので、
「え、な、何?」
と、水音が立ち止まると、
「あー、まぁなんだ、何かあったら、遠慮なく俺らに教えてくれよな」
「う、うん。ほら、僕達、桜庭君とは部屋が隣同士だからね」
と、進と耕は恥ずかしそうに少し顔を赤くしながらそう言った。
そう、実はこの2人、水音とは部屋が隣同士なのだ。
それを思い出して、
(あー、そういえばそうだった)
と、水音は気まずそうな表情になった後、
「う、うん、ありがとう。その時は、頼りにするよ」
と、進と耕に向かってそう言うと、そそくさと教室を出て行った。
その後、残された勇者が再び準備に移った中、
「……」
その中の1人が、チラッと水音が出て行った教室の扉を見つめていたのだが、水音が入った瞬間、すぐに視線をずらした。
その後、授業が始まったのだが、開始してから暫くすると、
「……ぐぅ」
顔を洗ったというのに、結局水音は居眠りをしてしまい、
「「いや、顔洗った意味ないじゃん!」」
と、進と耕にツッコミを入れられてしまうのだった。
とまぁそんな感じで、座学、昼食、午後の訓練と、その最中水音は、何度も寝そうにはなったが、どうにか踏ん張ることが出来て、漸くその日の訓練が終わり、夕食も済ませた後、
「よし、今日も頑張るぞ!」
と、水音は1人、資料保管庫へと向かった。勿論、ウィルフレッドからの許可も貰ってある。
そして、いざ資料保管庫へと歩き始めたのだが、
(ん?)
その途中で、水音はピタリと歩みを止めると、
(……何だろう。誰かに見られてる気がする)
と、何処かから……というよりも、背後の方で誰かの視線を感じたので、水音はゆっくりと後ろを振り向いたが、
「……いない……よな?」
そこには誰もいなかったので、
「うん、気のせいだな」
と、水音はそう考えることにし、再びその場から歩き始めた。
その後、水音が廊下の曲がり角を曲がった、まさにその時、
「……」
1つの「影」が、水音の後を追うように進み出したのだ。
そして、水音が進んだ曲がり角を曲がろうとした、次の瞬間、
「わぁ!」
と、先に進んだ筈の水音がいきなり飛び出したので、
「きゃあ!」
と、驚いた「影」はそう悲鳴をあげながら、その場にドサッと尻餅をついてしまった。
その様子を見て、
(し、しまった! やりすぎたかな……)
と、水音はその「影」に駆け寄ろうとすると、そこには、「いたた……」と泣きそうな顔で痛そうにお尻を摩る1人の少女がいたので、
「……え? 時雨さん?」
と、水音がその少女をそう呼ぶと、
「あ……桜庭……君」
と、「時雨さん」と呼ばれた少女も、水音に向かってそう返事した。




