第65話 残された者達・6
ルーセンティア王国王城内、国王ウィルフレッドの自室。
その部屋の中には現在、主である国王ウィルフレッドとその妻である王妃マーガレット、2人の娘である王女クラリッサとその妹イヴリーヌ、そして、「勇者」として召喚された教師の爽子と、その生徒である歩夢、美羽、水音、純輝、煌良、優の11人がいて、何やら部屋全体が重苦しい空気に包まれているかのにシーンと静まり返っていた。
そんな状況の中、
「さ、桜庭君」
と、純輝が隣の水音に向かって小声でそう話しかけてきたので、
「な、何?」
と、水音も小声でそう返事すると、
「な、なんか普通に入っちゃったけど、これって今、僕達凄いことになってないかな?」
と、純輝が恐る恐るといった感じでそう言ったので、それに水音が「それは……」と答えようとすると、
「当然だな。何せここは国王様の部屋なんだから、こんな体験、日本どころか地球じゃ絶対に出来ないだろう」
と、純輝の逆隣りに立っている煌良が小声でそう言った。
その言葉をきいて、水音だけでなく純輝までもがゴクリと唾を飲み、タラリと汗を流した。
確かに煌良の言う通り、流れに身を任せるようにここにいるが、今、自分達は文字通り「国王」の自室にいるという普通に生きていたら絶対に有り得ない状況にいるので、これで緊張するなというのが無理な話である。
まぁ、それはさて置き、純輝、水音、煌良が小声でそう話し合っていると、
「さて、色々と整理したいことがあるのだが……」
と、ウィルフレッドがそう口を開いたので、その言葉に3人がビクッと反応すると、
「まずはクラリッサ、もう体の方は良いのか?」
と、ウィルフレッドがクラリッサに向かってそう尋ねてきたので、
「はい、お父様。あれからきちんとした処置と十分な休みをいただきましたので、この通りすっかり元気になりました」
と、クラリッサは「むん!」と胸を張りながら、笑顔でそう答えた。
その答えを聞いて、
「そうか。彼には感謝しないといけないな」
と、ウィルフレッドが「ふふ」と笑いながら言うと、クラリッサはすぐに真面目な表情になって、
「それよりもお父様、わたくしが謁見の間を出た後の出来事は、イヴリーヌとこちらにいる歩夢様と美羽様から聞きました」
と、ウィルフレッドに向かってそう言ったので、その言葉にウィルフレッドが「む!」と大きく目を見開くと、
「そ、そうか。もう、其方に話が入ったのだな」
と、表情を暗くしながらそう言い、
「その通り、其方が謁見の間を出た後にとんでもない出来事が起きて、彼……春風殿がここを出て行ってしまったのだ。あれから暫くして、王都の外へと続く門を守っていた兵士から、彼が門を潜って外に出たと報告があった。従って、春風殿もう、ここにはいないということになる」
と、クラリッサに向かってそう言った。
そして、その言葉を聞いて、
「「「そ、そんな!」」」
と、爽子、歩夢、美羽の3人はショックで顔を真っ青にした。当然、
(そんな……春風……)
それは、水音も同様だった。
一方、クラリッサはというと、ウィルフレッドの言葉に「そう……ですか」と暗い表情で返事すると、再び真面目な表情になって、
「それでお父様、彼……春風様に斬りかかった騎士達はどうするのですか?」
と、ウィルフレッドに向かってそう尋ねた。
その質問を聞いて、歩夢と美羽は真っ直ぐウィルフレッドを見つめ、爽子、水音、純輝、煌良、優の5人は「え?」と首を傾げていると、
「うむ、彼らは全員、春風殿から受けたダメージが回復した後、暫くの間謹慎処分とした。春風殿もまた、爽子殿達と同じこちらの都合に巻き込んでしまった人間だ。そんな彼を殺そうなど、到底許されることではない。ああ勿論、ジェフリー教主にも反省してもらいたいと思ってはいるが……」
と、ウィルフレッドはそう説明し、最後に「はぁ」と溜め息を吐いたので、
「お父様、どうかしたのですか?」
と、クラリッサ隣に立つイヴリーヌがそう尋ねてきたので、
「ん? ああ、いや。教主の方は、素直に聞いてくれるかかなり不安でな。何せ、あの出来事の時、春風殿にかなり怒っていたから」
と、ウィルフレッドはそう答えると、再び「はぁ」と溜め息を吐いた。
そしてそれに続くように、
「そうですね。ジェフリー教主の5柱の神々に対する信仰心は歴代の教主の中でも高い方ですから、彼のような存在は決して許さないでしょう」
と、マーガレットは「困りましたわ」と言わんばかりの表情でそう言ったので、それを聞いたクラリッサは「そんな……」と表情を暗くした。
そんなクラリッサを前に、
「それも悩みの種なのだが、実はもう1つ悩んでいることがあるのだ」
と、ウィルフレッドがそう口を開いたので、それにクラリッサが「何ですか?」と尋ねると、
「今日のこと、ヴィンスになんて言えばいいのか……」
と、ウィルフレッドは暗い表情でそう答えたので、
「ヴィンス……ヴィンセント陛下ですか?」
と、クラリッサは「うげ!」と言わんばかりの嫌悪感丸出しの表情で再びそう尋ねた。
その質問を聞いて、
「ん? 誰ですか?」
と、爽子がクラリッサにそう尋ねると、
「……ヴィンセント・リアム・ストロザイア。この『ルーセンティア王国』よりはるか西に位置する『ストロザイア帝国』という国の皇帝陛下です」
と、クラリッサは「うぅ……」と嫌そうな表情でそう答えたので、
『こ、皇帝陛下ぁ!?』
と、爽子だけでなく歩夢、美羽、水音、純輝、煌良、優までもが大きく目を見開いて驚いた。
そんな爽子達を前に、
「そうだ。実は『勇者召喚』が行われる前に、そのヴィンセント皇帝から『勇者召喚したらすぐに俺に報告しろ』と言われていたのだが、今回のことをどう話せばいいのか……ああ、考えただけで気が滅入る」
と、ウィルフレッドが更に表情を暗くしながらそう説明したので、
「わ、私の生徒が、本当に申し訳ありません」
と、爽子は深々と頭を下げながら謝罪した。
その謝罪を聞いて、
「いやいや、爽子殿が謝ることでは……」
と、ウィルフレッドがそう言おうとした、まさにその時、部屋の壁際に置かれてた大鏡についてる青い宝石がキラリと輝き出したので、
「うわ! 何ですか!?」
と、驚いた水音がそう尋ねると、
「ああ、噂をすれば……」
と、ウィルフレッドはそう言って大鏡の方へと歩き出した。
そして、ウィルフレッドが未だに輝き続ける青い宝石に触れると、今度は鏡自体が光り出し、その光が弱まると、
「おーい、ウィールフー?」
「ウィルフちゃーん? こーんばーんはー」
と、鏡からウィルフレッドをニックネームらしき名で呼ぶ男性と女性の声が聞こえた。




