第64話 残された者達・5
時は少し前に遡り、ルーセンティア王国王城内、「勇者」達に用意された部屋の1つにて、
「はぁ……」
と、その部屋の主にして、召喚された「勇者」の1人である爽子が、部屋に備え付けられたベッドの上に寝転がって深い溜め息を吐いていた。
彼女が考えていることは幾つかあるが、その中でも特に大きかったのは、
「雪村……」
そう、自分達のもとから去った、生徒の1人である春風のことだった。
ただでさえ、自分が担当しているクラスの生徒達と共に「勇者として異世界に召喚された」などという訳のわからない目に遭ってしまったというのに、そこに加えてその生徒の1人である春風が自分達のもとから去ってしまったのだから、そのショックは爽子にとってとても大きかったのだ。
「うぅ。どうして? どうしてこんなことに?」
と、ベッドの上でゴロゴロと転がりながらそう呟く爽子だが、
(考えても仕方ないか)
と、ピタッと止まりながら心の中でそう呟いたあと、
「はぁ」
と再び溜め息を吐きながら、ゆっくりと上半身を起こして、
「ちょっと、城の中を歩くか」
と、爽子はそう言ってベッドから降りて、部屋の扉を開けて廊下に出ようとした、まさにその時、
「さぁ、行きましょう!」
「「ちょ、ちょっと待って! えええええええっ!?」」
(ん!?)
丁度、爽子の部屋から少し離れた位置にある部屋の扉が開かれて、
(あれは……確かクラリッサ姫様とイヴリーヌ姫様。それに、海神に天上!?)
と、爽子が驚いたように、その部屋から王女であるクラリッサとその妹イヴリーヌ、そして爽子の生徒である歩夢と美羽が出てきて、何処かに向かおうとして進み出したので、
「ちょ、ちょっと待て! いや、待ってください!」
と、爽子は大慌てで身なりを整えると、大急ぎで4人の後を追いかけた。
その最中、同じく爽子の部屋から少し離れた位置にある4つの部屋の扉が開かれて、
「あれ? 先生?」
「な、何?」
「何だ?」
「え、先生?」
と、そこから歩夢と美羽と同じ爽子の生徒である、水音、純輝、煌良、優が顔を出した。
そして、4人が慌てた様子で何処かに向かっている爽子の姿を見ると、
「「「「先生!」」」」
と、「自分達も行く」と言わんばかりに部屋を飛び出して、爽子の後を追いかけた。
さて、ところ変わって、ルーセンティア王国王城内にある部屋の1つ。
そこは、国王であるウィルフレッドの自室で、その部屋の内装は正に「王族」に相応しい立派な作りをしていた。
そんな立派な部屋の中では、
「はぁ……」
と、その部屋に備え付けられたこれまた立派なベッドに腰掛けているウィルフレッドが、暗い表情で溜め息を吐いていた。
するとそこへ、
「あなた……」
と、ウィルフレッドの妻である王妃マーガレットが現れて、ウィルフレッドの隣に座り込んだ。
その瞬間、
「ん? ああ、マーガレット」
と、今彼女の存在に気付いたかのように、ウィルフレッドが大きく目を見開くと、
「す、すまない、気が付かなかった」
と、マーガレットに向かって深々と頭を下げて謝罪した。
そんなウィルフレッドに向かって、
「うふふ、どうかお気になさらないでください」
と、マーガレットはクスクスと笑いながらそう言うと、
「今日遭った出来事のことを考えていたのでしょう?」
と、ウィルフレッドに向かってそう尋ねてきたので、その質問に対してウィルフレッドは「む……」と小さくそう唸ったが、
「……ああ」
と、コクリと頷きながらそう返事すると、
「今日は、本当に色々なことが起きたと思ってな」
と、「勇者召喚」から始まった一連の出来事を思い出して、
「なぁ、マーガレット」
と、マーガレット声をかけたので、それを聞いたマーガレットは、
「はい、何でしょうか?」
と、首を傾げていると、
「ヴィンスに何と言えばいいのだろうなぁ」
と、再び溜め息を吐いて呟きながら表情を暗くした。
その言葉を聞いて、
「そうですねぇ。彼に何と言えばいいのでしょう」
と、マーガレットも困ったような表情になると、トントンと部屋の扉を叩く音がしたので、
「はい、どちら様ですか?」
と、マーガレットが扉の向こう側に向かってそう尋ねると、
「お母様、クラリッサです。イヴリーヌもいます」
と、扉の向こうから自分達の娘であるクラリッサの声がしたので、ウィルフレッドとマーガレットは「え?」とお互い顔を見合わせた後、2人同時にスッとベッドから立ち上がって、ガチャリと部屋の扉を開けると、
「おお、クラリッサにイヴリーヌ……」
と、本当にクラリッサとイヴリーヌがいたが、彼女達の他にも、
「……と、勇者殿達?」
と、そこには何故か疲れた様子の歩夢と美羽がいたので、彼女達を見たウィルフレッドは思わず首を傾げたが、
「……って、爽子殿達もいたのか?」
と、ウィルフレッドがそう言ったので、その言葉にクラリッサとイヴリーヌだけでなく歩夢と美羽が一緒になってウィルフレッドの視線の先を見ると、そこには「ぜー、はー」と肩で息をしている、歩夢と美羽以上に疲れた様子の爽子、水音、純輝、煌良、優の姿があったので、
「「あれ!? 先生達いたんですか!?」
と、2人はギョッと大きく目を見開いた。
その言葉を聞いて、
「なぬ!? 其方達も気付かなかったのか!?」
と、何故かウィルフレッドがそうショックを受けたが、その後すぐに「いかんいかん!」と首を横に振って、
「ど、どうしたのだ其方達? こんなに夜遅くに……」
と、クラリッサ達に向かってそう尋ねた。
その質問に対して、クラリッサは「あ、そうでした!」と今思い出したかのようにハッとなって、
「お父様、お母様。わたくし達はお二人に大切なお話をする為に来たのです」
と、真っ直ぐウィルフレッドを見つめながらそう答えると、そのただならぬ様子をみて、
「わかった。取り敢えず皆、部屋に入るといい」
と、クラリッサ達に向かってそう言ったので、
「では、失礼します」
と、クラリッサはそう返事すると、歩夢や爽子達に向かって、
「それでは皆様、行きましょう」
と言ったので、歩夢や美羽だけでなく爽子達も、
『はい、わかりました』
と、返事すると、皆一緒になってゾロゾロとウィルフレッドの部屋に入った。




