第60話 残された者達
「みんな、今頃どうしてるだろうなぁ」
と、ベッドの上で春風がボソリとそう呟いた、丁度その頃、ルーセンティア王国王城内のとある一室では、
「……はぁ」
と、召喚された「勇者」の1人にしてクラスメイト、そして、春風の「大切な人達」の1人でもある少年・水音が、ベッドの上で溜め息を吐いていた。
春風がレナという少女と共に謁見の間から出て行ったあの後、
「あー、勇者達よ。すまないが、騎士達の手当てをしたいので、手伝ってほしい」
と、ルーセンティア王国国王ウィルフレッドが、未だに呆然としている水音をはじめとした「勇者」達に向かってそうお願いしてきたので、そこで漸くハッとなった水音達は、すぐに春風とレナによってぶちのめされた騎士達を王城内にある医務室へと運んだ。
その後、
「ありがとう勇者達よ。皆にはそれぞれ部屋を用意してあるので、食事の時までゆっくりするといい」
と、ウィルフレッドにお礼を言われた水音達は、王城で働く兵士達に、自分達がこれから寝泊まりすることになる部屋へと案内された。大量に召喚されるかもしれないからとかなりの数の部屋を用意されてたことに、水音達が驚いたことは、ここだけの話だ。
そして、水音が自身に用意された部屋の扉の前に立つと、
(僕の部屋はここか……)
と、心の中でそう呟きながら、ゆっくりとその扉を開けた。
部屋の中は結構広く、掃除が行き届いているのかとても綺麗で、ちょっといい感じのベッド、机、椅子、クローゼットが置かれていたので、
(今日から、ここが僕の部屋になるのか)
と、水音は再び心の中でそう呟くと、部屋の中へと足を踏み入れた。
それから暫くの間、ベッドの上で休んでいると、ウィルフレッドが言ってた食事の用意が出来たという知らせを受けたので、水音は部屋を出ると、クラスメイト達と共に王城内にある大広間へと案内された。
そこには数多くのご馳走が並べられていて、それを見た水音達は最初はパァッと表情を明るくしたが、時間が経つにつれてだんだんと表情を暗くしていったので、
(あぁ。みんな、春風のことが引っ掛かってるんだな)
と、水音がそう思っていると、
「あれ?」
と、何かおかしいことに気付いて、思わず声に出しながら首を傾げた。
といっても、それはすぐにわかった。
(いない。2人いないぞ)
大広間には勇者達全員が来たと思っていたが、実際には2人だけ来ていなかったのだ。
そして、それに気付いたと同時に、誰がいないのかもわかった。
(海神さんに、天上さん……)
その時、水音の脳裏に浮かんだのは、クラスメイトにして勇者でもある2人の少女だった。
その後、
「あ、先生!」
と、水音は同じく勇者の1人にして自分達の担任教師である爽子を見つけると、すぐにその2人の少女達のことを話して、
「それはいけない!」
と、爽子がそう口を開くと、2人で大広間を出て、自分達に用意された部屋の1つの扉前に立つと、
「海神? 海神いるか?」
と、爽子は扉をトントンと優しくノックしながら、その扉の向こうに向かって声をかけた。
そして、ガチャリと扉がゆっくりと開かれると、
「先生……」
「あれ? 天上?」
出てきたのは、長い茶髪を持つ眼鏡をかけた少女だったので、
(え? 何で天上さんが?)
と、水音はその少女ーー天上を見て首を傾げた。
そんな水音を他所に、
「ここって、確か海神に用意された部屋……だよな?」
と、爽子が天上に向かってそう尋ねると、
「それは……」
と、天上は表情を暗くしながら、ゆっくりと後ろを振り向いた。
そして、天上は部屋に備え付けられたベッドで動きを止めたので、爽子と水音が「ん?」と天上の視線の先を見ると、
「「あ」」
ベッドの上には、短い黒髪を持つ少女が、膝を抱えて体育座りをしていた。
よく見ると、その表情は天上と同じくらい……いや、それ以上に暗かったので、
「海神? 海神?」
と、爽子がその少女に向かって声をかけたが、
「……」
その少女ーー海神は抱えた膝に顔を埋めるだけで、何も答えようとしなかった。
そんな彼女の様子を見て、
(わ、海神……さん)
と、水音は心配そうな顔をしていると、
「その……何かご用ですか先生?」
と、天上がそう尋ねてきたので、
「え? ああ、いや、食事が出来てるから呼びに来たんだ」
と、爽子は何とも気まずそうな感じでそう答えた。
その答えを聞いて、天上が「はぁ」と返事すると、扉から離れて海神の傍に近づき、
「ユメちゃん、ご飯出来てるけど、どうする?」
と、彼女をニックネーム(?)で呼びながらそう尋ねた。
その質問に対して、
「(ふるふる)」
と、海神は無言で首を横に振るったので、それに天上は「そっか……」と呟くと、再び爽子達に近づいて、
「すみません、『食べたくない』そうです」
と、すっと右手をあげて「ごめん」と謝罪する仕草をしながらそう言った。
それを見た爽子と水音は困った表情でお互い顔を見合わせたが、すぐに天上に向き直って、
「わかった。ただ、このまま何も食べない訳にもいかないだろう? ウィルフレッド陛下に頼んで、天上達の分を用意してもらうからな」
と、爽子が天上に向かってそう言った。
それを聞いた後、天上は再び海神に近づき、
「ユメちゃん、後できっとお腹空くと思うから、ご飯、別に用意してもらうってことでいい?」
と、尋ねると、
「(コクン)」
と、海神は無言で首を縦に振ったので、
「すみません先生、それでお願いします」
と、天上は爽子に向かって頭を下げながらそう言った。
その言葉を聞いた水音はというと、
(海神さん……)
と、心配そうな表情で海神に視線を向けた。
そして現在、あれから食事を終えた水音は、大広間を出て自分の部屋に戻ると、すぐにベッドに飛び込んでゴロンと仰向けになった。
「はぁ」
と、水音は見知らぬ天井を見ながらそう溜め息を吐くと、
「なんか、今日は色々とありすぎたなぁ」
と、小さくそう呟きながら、今日の出来事を思い出し始めた。
といっても、1番大きかったのは、自分達が「異世界」に「勇者」として召喚されたこと以上に、春風が自分達のもとから去ったことだったので、
「春風……」
と、その時のことを思い出した水音は「悲しみ」に満ちた表情でその名前を呟くと、
「何やってんだよ。あの、馬鹿野郎!」
と、この場にいない春風に向かって罵るようにそう呟いた。




